新序 / 雜事第二
無鹽女對曰:「今大王之君國也,西有衡秦之患,南有强楚之讐外有三國之難,内聚姦臣,衆人不附。春秋四十,壯男不立,不務衆子,而務衆婦,尊所好而忽所恃,一旦山陵崩弛,社稷不定,此一殆也。漸臺五重,黄金白玉,琅玕龍疏,翡翠珠璣,莫落連飾,萬民罷極,此二殆也。賢者伏匿於山林,謟諛强於左右,邪偽立於本朝,諫者不得通入,此三殆也。酒漿流湎以夜續朝,女樂俳優,從横大笑,外不修諸侯之禮,内不秉國家之治,此四殆也。故曰:『殆哉!殆哉!』。」於是宣王掩然無聲,意入黄泉,忽然而昻喟然而嘆曰:「痛乎無鹽君之言,吾今乃一聞寡人之殆,寡人之殆幾不全。」於是立停漸臺,罷女樂,退謟諛,去彫琢,選兵馬,實府庫,四闢公門,招進直言,延及側陋,擇吉日,立太子,進慈母,顯隠女,拜無鹽君為王后,而國大安者,醜女之力也。
新字:無塩女対曰:「今大王之君国也,西有衡秦之患,南有強楚之讐外有三国之難,内聚姦臣,衆人不附。春秋四十,壮男不立,不務衆子,而務衆婦,尊所好而忽所恃,一旦山陵崩弛,社稷不定,此一殆也。漸台五重,黄金白玉,琅玕竜疏,翡翠珠璣,莫落連飾,万民罷極,此二殆也。賢者伏匿於山林,謟諛強於左右,邪偽立於本朝,諫者不得通入,此三殆也。酒漿流湎以夜続朝,女楽俳優,従横大笑,外不修諸侯之礼,内不秉国家之治,此四殆也。故曰:『殆哉!殆哉!』。」於是宣王掩然無声,意入黄泉,忽然而昻喟然而嘆曰:「痛乎無塩君之言,吾今乃一聞寡人之殆,寡人之殆幾不全。」於是立停漸台,罷女楽,退謟諛,去彫琢,選兵馬,実府庫,四闢公門,招進直言,延及側陋,択吉日,立太子,進慈母,顕隠女,拝無塩君為王后,而国大安者,醜女之力也。
書き下し
無鹽女對えて曰く、今大王の國に君たるや、西に衡秦の患い有り、南に強楚の讐有り、外に三國の難有り、内に姦臣を聚め、衆人附かず。春秋四十、壯男立たず、衆子を務めずして衆婦を務む。好む所を尊びて恃む所を忽せにす。一旦山陵崩弛せば、社稷定まらず。此れ一の殆きなり。漸臺五重、黄金白玉、琅玕龍疏、翡翠珠璣、莫落連飾し、萬民罷極す。此れ二の殆きなり。賢者は山林に伏匿し、謟諛は左右に強く、邪偽は本朝に立ち、諫むる者通じ入るを得ず。此れ三の殆きなり。酒漿流湎して夜を以て朝に續け、女樂俳優、從横として大いに笑い、外は諸侯の禮を修めず、内は國家の治を秉らず。此れ四の殆きなり。故に曰く、殆いかな、殆いかな、と。是に於いて宣王掩然として聲無く、意黄泉に入り、忽然として昂り、喟然として嘆じて曰く、痛ましいかな無鹽君の言。吾今乃ち一たび寡人の殆きを聞けり。寡人の殆きは幾ど全からず、と。是に於いて立ちどころに漸臺を停め、女樂を罷め、謟諛を退け、彫琢を去り、兵馬を選び、府庫を實たし、四たび公門を闢き、直言を招き進め、側陋に延き及ぼし、吉日を擇びて太子を立て、慈母を進め、隱女を顯らかにし、無鹽君を拜して王后と爲す。而して國大いに安き者は、醜女の力なり。
現代語訳
無塩女は答えた。「いま大王が国に君臨しておられるにあたり、西には横に構える秦の患いがあり、南には強い楚という仇があり、外には三国の難があり、内にはよこしまな臣を集め、人々は心を寄せておりません。お年は四十、成人した男子が立てられておらず、多くの子をもうけることに努めず、多くの妻をもうけることに努めておられます。好むものを尊び、頼るべきものをおろそかにしておられる。ひとたび陵が崩れれば、国家は定まりません。これが一つ目の危うさです。漸台は五重、黄金と白玉、琅玕と龍の彫り、翡翠と真珠が連なり飾られ、万民は疲れ果てております。これが二つ目です。賢者は山林に隠れ、へつらう者が側近に強く、よこしまで偽りの者が朝廷に立ち、諫める者は通ることができません。これが三つ目です。酒に溺れて夜を朝まで続け、女楽師や芸人が入り乱れて大笑いし、外では諸侯への礼を修めず、内では国家の政を執っておられません。これが四つ目です。だから申し上げたのです、危うい、危うい、と」。そこで宣王は打ちひしがれて声もなく、心は黄泉に沈み、はっと顔を上げ、深く嘆息して言った。「痛ましいことだ、無塩君の言葉は。私はいまはじめて、自分の危うさを聞いた。私の危うさは、あやうく取り返しがつかないところだった」。そこでただちに漸台の工事を止め、女楽をやめ、へつらう者を退け、彫り飾りを取り去り、兵馬を選び、国庫を満たし、四方の公門を開き、直言を招き入れ、身分の低い者にまで及ぼし、吉日を選んで太子を立て、慈母を進め、隠れていた女たちを世に出し、無塩君を王后とした。そして国が大いに安らかになったのは、醜い女の力であった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
史記 殷本紀西伯飢国を伐ちて、之を滅ぼすに及び、紂の臣祖伊之を聞きて周を咎め、恐れて、奔りて紂に告げて曰く、「天既に我が殷の命を訖へんとす。人を仮りて元亀もてするも、敢へて吉を知る無し。先王我が後人を相けざるに非ず、維れ王淫虐にして用て自ら絶つ。故に天我を棄て、安食有らず、天性を虞知せず、率典に迪らず。今我が民喪びんことを欲せざる罔く、曰く『天曷ぞ威を降さざる、大命胡ぞ至らざる』と。今王其れ柰何せん」と。
-
『不動智神妙録』諫言 其二 好む所の病然れば幾千人ありとても、自然の時、主人の用に立つ物は一人も不可有之、彼の一旦気に入りたる無智若輩の悪人は、元より心正しからざる者故、事に臨んて一命を捨てんと思ふ事、努々不可有、心正しからさるものゝ主の用に立ちたる事は、往昔より不承及ところなり、貴殿の弟子を御取立て被成にも、箇様の事有之由、苦々敷存候、是れ皆一片の数奇好む所より其病にひかれ、悪に落入るを知らざるなり、人は知らぬと思へども微より明かなるなしとて、我心に知れは、天地鬼神万民も知るなり、如是して国を保つ、誠に危き事にあらずや、然らば大不忠なりとこそ存候へ、
-
尚書・西伯戡黎西伯既に黎を戡(か)つ、祖伊恐れ、奔りて王に告ぐ。曰く、「天子よ、天既に我が殷の命を訖(を)へんとす。格人元亀も、敢て吉を知る罔し。先王我が後人を相けざるに非ず、惟れ王淫戯して用て自ら絶つ。故に天我を棄て、康食有らず、天性を虞(はか)らず、率典に迪(したが)はず。今我が民喪びんことを欲せざる罔く、曰く、『天曷ぞ威を降さざる、大命摯(いた)らざる』と。今王其れ台(われ)を如何せん。」王曰く、「嗚呼(ああ)、
-
史記 袁盎鼂錯列伝死すること十余日、呉楚七国果して反し、錯を誅するを以て名と為す。竇嬰・袁盎の進説するに及び、上鼂錯をして朝衣を衣て東市に斬らしむ。鼂錯已に死し、謁者僕射鄧公校尉と為り、呉楚の軍を撃ちて将と為る。還りて、上書して軍事を言ひ、上に謁見す。上問ひて曰く、「軍の来たる所より道(い)へ、鼂錯の死を聞きて、呉楚罷むや不や」と。鄧公曰く、「呉王反を為すこと数十年なり。地を削らるるに怒りを発し、錯を誅するを以て名と為す。其の意錯に在るに非ざるなり。且つ臣恐らくは天下の士口を噤みて、敢へて復た言はざらんことを」と。上曰く、「何ぞや」と。鄧公曰く、「夫れ鼂錯は諸侯の彊大にして制すべからざるを患ふ、故に地を削りて以て京師を尊ばんことを請ふ、万世の利なり。計画始めて行はれ、卒に大戮を受く。内は忠臣の口を杜ぎ、外は諸侯の為に仇に報ゆ。臣窃かに陛下の為に取らざるなり」と。是に於て景帝黙然たること良久しくして、曰く、「公の言善し、吾も亦之を恨む」と。乃ち鄧公を拝して城陽の中尉と為す。鄧公は成固の人なり、奇計多し。建元中、上賢良を招き、公卿鄧公を言ふ。時に鄧公免ぜらる、家より起ちて九卿と為る。一年にして、復た病を謝して免じて帰る。其の子章、黄老の言を修むるを以て諸公の間に顕る。太史公曰く、袁盎は学を好まずと雖も、亦善く傅会し、仁心を質と為し、義を引きて慨す。孝文の初めて立つに遭ひ、資適(たまたま)世に逢ふ。時以て変易し、呉楚に及びて一たび説く。説行はると雖も、然れども復た遂げず。声を好み賢に矜り、竟に名を以て敗る。鼂錯は家令たりし時、数(しばしば)事を言ひて用ひられず。後に権を擅にし、変更する所多し。諸侯難を発するに、急ぎ匡救せず、私讎に報いんと欲して、反りて以て軀を亡ぼす。語に曰く「古を変じ常を乱せば、死せずんば則ち亡ぶ」と。豈に錯等の謂か。
-
史記 樊酈滕灌列伝項羽戯下に在りて、沛公を攻めんと欲す。沛公百余騎を従へ項伯に因りて面のあたり項羽に見え、関を閉づる事有る無きを謝す。項羽既に軍士を饗し、酒中なるに、亜父謀りて沛公を殺さんと欲し、項荘をして剣を抜き坐中に舞はしめ、沛公を撃たんと欲す。項伯常に之を屏蔽す。時に独り沛公と張良とのみ入りて坐するを得、樊噲営外に在り、事の急なるを聞き、乃ち鉄盾を持ちて入りて営に到る。営衛噲を止むるも、噲直ちに撞きて入り、帳下に立つ。項羽之を目し、誰と為すと問ふ。張良曰く「沛公の参乗樊噲なり」と。項羽曰く「壮士なり」と。之に卮酒・彘肩を賜ふ。噲既に酒を飲み、剣を抜きて肉を切りて食ひ、之を尽くす。項羽曰く「能く復た飲むか」と。噲曰く「臣死すら且つ辞せず、豈に特に卮酒のみならんや。且つ沛公先に入りて咸陽を定め、師を霸上に暴して、以て大王を待つ。大王今日至り、小人の言を聴き、沛公と隙有り、臣恐らくは天下解け、心に大王を疑はん」と。項羽黙然たり。沛公廁に如き、樊噲を麾きて去る。既に出で、沛公車騎を留め、独り一馬に騎り、樊噲等四人と歩して従ひ、間道より山下に帰り走りて霸上の軍に帰り、而して張良をして項羽に謝せしむ。項羽も亦た因りて遂に已み、沛公を誅するの心無し。是の日樊噲の営に奔り入りて項羽を譙譲するに微かりせば、沛公の事幾ど殆ふかりき。
-
『新論』國體上夫れ英雄の天下を鼓舞するや、唯民の動かざるを恐れ、庸人の一時を糊塗するや、唯民の或は動くを恐る。故に務めて昇平を粉飾し、虜をして眼前に陸梁せしむるも、猶ほ称して漁商と為し、上下相蒙蔽して、適に以て寇を玩び禍を畜ふるに足る。而して高拱端睨し、糊塗して自ら智とし、将に相率ゐて自ら不測の淵に趣かんとす。亦憫むべきなり。苟くも稍心性智識を存する者は、誰か声を呑みて窃かに之を嘆ぜざらんや。今幕府断然として天下に明令し、虜を見れば必ず之を摧かしめ、公然として天下と之を同仇す。而して令布くこと一日、天下智愚と無く、臂を攘ひて令に趨かんと欲せざるは莫し。天下人心の磨滅すべからざること此くの如し。夫れ方今天下に封建の勢有る者は、固より太祖の治を制する所以なり。東照宮の忠孝を以て基を立つる者は、天祖の彝訓を垂るる所以なり。苟くも能く人心の磨滅すべからざる者に因りて、之が規制を立て、神聖の天下を経綸する所以の意に原づき、土地を経し人民を制し、君臣の義を正し、父子の親を敦くし、天下を範囲して、以て一身と為さば、豈甚だ為し難からんや。此れ乃ち千載の一時、必ず失ふべからざるの機なり。臣是を以て弊の宜しく革むべき者を審かにせんと欲して、時勢の変に眷眷たらざるを得ざるなり。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る