新序 / 雜事第二
魏文侯出遊,見路人反裘而負芻。文侯曰:「胡為反裘而負芻。」對曰:「臣愛其毛。」文侯曰:「若不知其裏盡,而毛無所恃邪明年;東陽上計錢布十倍,大夫畢賀。文侯曰:「此非所以賀我也。譬無異夫路人反裘而負芻也,將愛其毛,不知其裏盡,毛無所恃也。今吾田地不加廣,士民不加衆,而錢十倍,必取之士大夫也。吾聞之下不安者,上不可居也,此非所以賀我也。」
新字:魏文侯出遊,見路人反裘而負芻。文侯曰:「胡為反裘而負芻。」対曰:「臣愛其毛。」文侯曰:「若不知其裏尽,而毛無所恃邪明年;東陽上計銭布十倍,大夫畢賀。文侯曰:「此非所以賀我也。譬無異夫路人反裘而負芻也,将愛其毛,不知其裏尽,毛無所恃也。今吾田地不加広,士民不加衆,而銭十倍,必取之士大夫也。吾聞之下不安者,上不可居也,此非所以賀我也。」
書き下し
魏の文侯出でて遊ぶ。路人の裘を反にして芻を負うを見る。文侯曰く、胡爲れぞ裘を反にして芻を負う、と。對えて曰く、臣其の毛を愛しむ、と。文侯曰く、若は其の裏盡きて、毛の恃む所無きを知らざるか、と。明年、東陽の上計錢布十倍す。大夫畢く賀す。文侯曰く、此れ我を賀する所以に非ざるなり。譬うれば夫の路人の裘を反にして芻を負うに異なる無きなり。將に其の毛を愛しまんとして、其の裏盡くれば毛の恃む所無きを知らざるなり。今吾が田地は廣きを加えず、士民は衆きを加えず。而して錢十倍す。必ず之を士大夫に取ればなり。吾之を聞く、下安からざれば、上居る可からず、と。此れ我を賀する所以に非ざるなり、と。
現代語訳
魏の文侯が外出した。道ゆく人が毛皮の衣を裏返しに着て、まぐさを背負っているのを見た。文侯は言った。「どうして毛皮を裏返しに着てまぐさを背負っているのか」。答えた。「私はその毛を惜しむのです」。文侯は言った。「そなたは、裏地がすり切れてしまえば、毛にもよりどころが無くなることを知らないのか」。翌年、東陽から上がってきた会計の銭と布が十倍になった。大夫たちはみな祝った。文侯は言った。「これは私を祝うようなことではない。たとえれば、あの道ゆく人が毛皮を裏返しに着てまぐさを背負っているのと変わらない。毛を惜しもうとして、裏地がすり切れれば毛にもよりどころが無くなることを知らないのだ。いまわが領地は広くなっておらず、民の数も増えていない。それなのに銭が十倍になった。必ずこれを士大夫から取り立てたからだ。私はこう聞いている、下が安らかでなければ、上はその位にいられない、と。これは私を祝うようなことではない」。
解説
この章句が説くこと
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尚書・畢命四夷の左衽も、咸く頼らざる罔く、予小子永く多福を膺けん。公其れ惟れ時の成周に、無窮の基を建て、亦無窮の聞有らん。子孫其の成式に訓ひ、惟れ乂まらん。嗚呼(ああ)!
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新語・道基夫れ事を謀りて仁義を竝せざる者は後必ず敗れ、殖うるに本を固くせずして高基を立つる者は後必ず崩る。故に聖人は乱を防ぐに経芸を以てし、工は曲を正すに準縄を以てす。徳盛んなる者は威広く、力盛んなる者は衆に驕る。斉の桓公は徳を尚びて以て覇たり、秦の二世は刑を尚びて亡ぶ。故に虐行わるれば則ち怨積もり、徳布かるれば則ち功興り、百姓は徳を以て附き、骨肉は仁を以て親しみ、夫婦は義を以て合い、朋友は義を以て信じ、君臣は義を以て序し、百官は義を以て承け、曾・閔は仁を以て大孝を成し、伯姫は義を以て至貞を建て、国を守る者は仁を以て堅固にし、君を佐くる者は義を以て傾かず、君は仁を以て治め、臣は義を以て平らかに、郷党は仁を以て恂恂たり、朝廷は義を以て便便たり、美女は貞を以て其の行いを顕し、烈士は義を以て其の名を彰らかにし、陽気は仁を以て生じ、陰節は義を以て降り、鹿鳴は仁を以て其の群を求め、関雎は義を以て其の雄に鳴き、春秋は仁義を以て貶絶し、詩は仁義を以て存亡し、乾・坤は仁を以て和合し、八卦は義を以て相承け、書は仁を以て九族を叙し、君臣は義を以て忠を制し、礼は仁を以て節を尽くし、楽は礼を以て升降す。
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『武家家訓集』毛利元就三子教訓状「隆元は元春・隆景を力にせよ」一隆元之事者、隆景元春をちからにして、內外樣共に可被申付候、於然者何之子細あるべく候や、 又隆景元春事者、當家だに堅固に候はと、以其力家中々々は如存分可被申付候〱、唯今いかに〱我々が家中々々如存分申付候と彼存候共、當家よはく成行候ば、人の心持可相替候條、兩人におゐても此御心もち肝要候〱、
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『慎思録』巻之三李忠定公曰く、古より帝王の興るや、必ず先づ天下形勝の地に拠りて、以て根本と為す。故に高祖は関中を保ちて、之を守るに蕭何を以てし、光武は河内を保ちて、之を守るに寇恂を以てす。皆根を深くし本を固くして、不抜の基と為し、以て天下を制す。利なれば則ち伸びて進み、以て敵に勝つべし。鈍なれば則ち蟠りて退き、以て堅守するに足る。困敗有りと雖も、終に大業を済す者は、其の建策然ればなり。曹操の起るや、荀彧勧むるに先づ兗州を定むるを以てし、唐の高祖の起るや、太宗其の先づ長安に趨かんことを勧む。故に能く卒に中原を有ちて、天下を定む。豈に漢高光武を以て法と為すに非ずや。根本を立てずして浪戦するに至りては、力盛んに兵強く、百戦百勝すと雖も、一たび跌けば則ち之を失ふ。此れ項羽李密の敗るる所以なり、と。今案ずるに、両漢魏唐の起るや、皆先づ根本の地を定めて、之に拠りて而る後に兵を発して敵を制す。進みては以て取るべく、退きては以て保つべからしむ。大業を創成する所以なり。
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