孫子 / 地形篇
孫子曰:凡地形有通者、有掛者、有支者、有隘者、有險者、有遠者。我可以往,彼可以來,曰通。通形者,先居高陽,利糧道,以戰則利。
新字:孫子曰:凡地形有通者、有掛者、有支者、有隘者、有険者、有遠者。我可以往,彼可以来,曰通。通形者,先居高陽,利糧道,以戦則利。
書き下し
孫子曰く、凡そ地形には通なる者、掛なる者、支なる者、隘なる者、険なる者、遠なる者あり。我も以て往くべく、彼も以て来たるべきを、通と曰う。通形には、先ず高陽に居り、糧道を利にして、以て戦えば則ち利あり。
現代語訳
孫子は言う。地形には六つの型がある——通・挂・支・隘・険・遠である。味方も進め、敵も来られる開けた地を「通」という。通形では、先に高く日当たりのよい場所を占め、補給路を確保してから戦えば有利になる。
解説
地形篇の冒頭で、孫子は戦場を六つの型に分類します。その第一が「通形」——双方が自由に行き来できる開けた地です。ここでの要点は、先に高く見晴らしのよい場所を押さえ、補給線を断たれないようにしてから戦うこと。地の利は、早く動いて良い位置を取った側に転がり込みます。仕事でも、条件が開けていて誰でも参入できる領域ほど、先に有利なポジションと供給網(人・情報・資金の流れ)を確保できるかで差がつきます。「開けている=誰にでもチャンス」だからこそ、先手と足場固めがものを言う。地形を六つに分けて考える——状況を型で捉える孫子の思考が、ここから始まります。
この章句が説くこと
地形戦略通形先手基盤補給路
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