新序 / 雜事第二
青蛉猶其小者也,夫爵俛啄白粒,仰棲茂樹,鼔其翼,奮其身,自以為無患,與民無争也。不知公子王孫,左把彈,右攝丸,定操持,審參連,故晝遊乎茂樹,夕和乎酸醎爵猶其小者也,鴻鵠嬉遊乎江漢,息留乎大沼,俛啄鰋鯉,仰奮陵衡,修其六翮,而陵清風,麃揺髙翔,一舉千里,自以為無患,與民無争也。不知弋者選其弓弩,修其防翳,加繒繳其頸,投乎百仞之上,引纎繳,揚微波,折清風而殞,故朝遊乎江河,而暮調乎鼎爼
新字:青蛉猶其小者也,夫爵俛啄白粒,仰棲茂樹,鼔其翼,奮其身,自以為無患,与民無争也。不知公子王孫,左把弾,右摂丸,定操持,審参連,故昼遊乎茂樹,夕和乎酸醎爵猶其小者也,鴻鵠嬉遊乎江漢,息留乎大沼,俛啄鰋鯉,仰奮陵衡,修其六翮,而陵清風,麃揺高翔,一舉千里,自以為無患,与民無争也。不知弋者選其弓弩,修其防翳,加繒繳其頸,投乎百仞之上,引繊繳,揚微波,折清風而殞,故朝遊乎江河,而暮調乎鼎爼
書き下し
青蛉は猶お其の小なる者なり。夫れ爵は俛して白粒を啄み、仰いで茂樹に棲み、其の翼を鼓し、其の身を奮い、自ら以爲えらく患い無く、民と爭う無しと。知らず、公子王孫、左に彈を把り、右に丸を攝り、操持を定め、參連を審らかにするを。故に晝は茂樹に遊び、夕には酸鹹に和す。爵は猶お其の小なる者なり。鴻鵠は江漢に嬉遊し、大沼に息留し、俛して鰋鯉を啄み、仰いで陵衡に奮い、其の六翮を修めて清風に陵り、麃搖高翔し、一擧千里、自ら以爲えらく患い無く、民と爭う無しと。知らず、弋する者其の弓弩を選び、其の防翳を修め、繒繳を其の頸に加え、百仞の上に投じ、纖繳を引き、微波を揚げ、清風を折きて殞つるを。故に朝には江河に遊びて、暮には鼎俎に調せらる。
現代語訳
とんぼはまだ小さいほうである。そもそも雀は、うつむいて白い米粒をついばみ、仰いで茂った木に宿り、翼を打ち、身を奮い立たせ、自分では憂いがなく、人と争うこともないと思っている。ところが知らないのだ。貴公子たちが、左手に弾弓を持ち、右手に弾丸をつかみ、構えを定め、続けざまに射る技を確かめていることを。だから昼は茂った木に遊んでいて、夕方には酢と塩で味つけされている。雀もまだ小さいほうである。鴻鵠は長江や漢水で遊び、大きな沼で羽を休め、うつむいてなまずや鯉をついばみ、仰いで丘の上に舞い上がり、六枚の風切羽を整えて清らかな風に乗り、ゆらゆらと高く翔け、ひと飛びで千里を行き、自分では憂いがなく、人と争うこともないと思っている。ところが知らないのだ。射手が弓を選び、隠れる覆いをこしらえ、糸をつけた矢をその首に当て、百仞の高さへ射上げ、細い糸を引き、小さな波を立て、清らかな風を裂いて落とすことを。だから朝は大河に遊んでいて、夕方には鼎と俎の上で味つけされている。
解説
この章句が説くこと
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葉隠・聞書第一大難大変(だいなんたいへん)に逢うても動転せぬといふは、まだしきなり。大変に逢うては歓喜踊躍(かんきゆやく)して勇み進むべきなり。一関(いっかん)越えたる所なり。「水増されば船高し。」といふが如し。
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論語・子張篇子張曰く、士は危うきを見ては命を致し、得るを見ては義を思い、祭には敬を思い、喪には哀を思う。其れ可なるのみ。
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風憲忠告・臨難苐九夫れ人臣にして國家言責の任に當れば、刑辱の事、敢えてその無き有るを必とせず、要は順って處り靜かに伺い、理を以てこれを□するに在るのみ。若し乃ち哀を求め憐れみを乞い、惴讋(ずいしょう)して所無ければ、巳に先ず撓(たわ)む、何を以てか自ら眀(あき)らかにせん。夫れ已の職を盡くし、國の爲民の爲にして罪を得るは、君子は以て辱と為さず、以て榮と為す。縲紲(るいせつ)せらると雖も、荊楚せらると雖も、斧鉞せらると雖も、庸(なん)ぞ愧(は)ずること何かあらんや。歷(あまね)く自古(いにしえよ)り禍患に處して亂れざる者を觀るに、三代よりの下、子路の纓(えい)を結ぶが如き、宜僚(ぎりょう)の色を正すが如き、王景文の客と碁を弈(う)つが如き、劉禕(りゅうい)の自ら謝表を書すが如き、魏元忠の赦を聞きて動ぜざるが如き、是れ皆真に義命の在る所を知る有るを以てなり、區區(くく)たる人力の得て移す所に非ざるなり。然れども士君子平昔(へいせき)飬う所、其の情と偽と、焉(ここ)に於いて以て見るべし。李斯刑に臨みて父子相泣き、楊子雲(揚子雲)收(とら)えられて□閣ほとんど死せんとし、王坦之謝安と名を齊しくするも、桓溫朝に來たるや倒(さかしま)に手板を執り、崔浩自ら子房に比するも、史事を辨ずるが為に聲嘶(か)れ股栗(こりつ)し、便溺(べんでき)隱すこと能わず。此れ彼れ惟だ名を事とするのみにして、聖賢性命の學に於いては實に未だ甞て諸(これ)を心に淂(え)ざりしを見るべし。善いかな、韓文公の言に曰く、「儒者の患難に於けるや、苟しくも其れ自らこれを取るに非ざれば、其の拒みて懷に受けざるや、河堤を築きて以て屋霤(おくりゅう)を障(ふせ)ぐが若し。其の容れてこれを消すや、水の海に於ける、氷の夏日に於けるが若し。其の玩びてこれを文辭を以て忘るるや、金石を奏でて以て蟋蟀(しっしゅつ)の鳴くを破るが若し」と。故に君子の學は、理を眀らかにし自ら信ずるを以て貴しと為す。
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