新序 / 雜事第二
梁君出獵,見白雁羣,梁君下車,彀弓欲射之。道有行者,梁君謂行者止,行者不止,白雁羣駭。梁君怒,欲射行者。其御公孫襲下車撫矢曰:「君止。」梁君忿然作色而怒曰:「襲不與其君,而顧與他人,何也?」公孫襲對曰:「昔齊景公之時,天大旱三年,卜之曰:『必以人祠,乃雨。』景公下堂頓首曰:『凡吾所以求雨者,為吾民也,今必使吾以人祠乃且雨,寡人將自當之。』言未卒而天大雨方千里者,何也?為有徳於天而恵於民也。今主君以白雁之故而欲射人,襲謂主君言無異於虎狼。」梁君援其手與上車,歸入廟門,呼萬嵗,曰:「幸哉!今日也他人獵,皆得禽獸,吾獵得善言而歸。」
新字:梁君出猟,見白雁羣,梁君下車,彀弓欲射之。道有行者,梁君謂行者止,行者不止,白雁羣駭。梁君怒,欲射行者。其御公孫襲下車撫矢曰:「君止。」梁君忿然作色而怒曰:「襲不与其君,而顧与他人,何也?」公孫襲対曰:「昔斉景公之時,天大旱三年,卜之曰:『必以人祠,乃雨。』景公下堂頓首曰:『凡吾所以求雨者,為吾民也,今必使吾以人祠乃且雨,寡人将自当之。』言未卒而天大雨方千里者,何也?為有徳於天而恵於民也。今主君以白雁之故而欲射人,襲謂主君言無異於虎狼。」梁君援其手与上車,帰入廟門,呼万歳,曰:「幸哉!今日也他人猟,皆得禽獣,吾猟得善言而帰。」
書き下し
梁君出でて獵す。白雁の羣を見る。梁君車を下り、弓を彀きて之を射んと欲す。道に行く者有り。梁君行く者に止まれと謂う。行く者止まらず。白雁の羣駭く。梁君怒り、行く者を射んと欲す。其の御公孫襲車を下り矢を撫でて曰く、君止まれ、と。梁君忿然として色を作して怒りて曰く、襲は其の君に與せずして、顧って他人に與するは、何ぞや、と。公孫襲對えて曰く、昔齊の景公の時、天大いに旱すること三年。之を卜して曰く、必ず人を以て祠らば、乃ち雨ふらん、と。景公堂を下り頓首して曰く、凡そ吾雨を求むる所以の者は、吾が民の爲なり。今必ず吾をして人を以て祠らしめて乃ち且に雨ふらんとせば、寡人將に自ら之に當たらんとす、と。言未だ卒わらずして天大いに雨ふること方千里なるは、何ぞや。天に德有りて民に惠あるが爲なり。今主君白雁の故を以て人を射んと欲す。襲主君に謂う、言うこと虎狼に異なる無し、と。梁君其の手を援きて與に車に上り、歸りて廟門に入り、萬歲を呼びて曰く、幸いなるかな。今日や、他人の獵は、皆な禽獸を得たり。吾が獵は善言を得て歸る、と。
現代語訳
梁君が狩りに出た。白い雁の群れを見た。梁君は車を降り、弓を引いて射ようとした。道に通行人がいた。梁君は通行人に止まれと言った。通行人は止まらなかった。白雁の群れは驚いて飛び立った。梁君は怒り、通行人を射ようとした。御者の公孫襲が車を降り、矢を押さえて言った。「君、おやめください」。梁君はむっとして顔色を変え、怒って言った。「襲は自分の君に味方せず、かえって他人に味方するのは、どういうわけだ」。公孫襲は答えた。「昔、斉の景公のとき、三年も大旱魃が続きました。占うと『必ず人をいけにえにすれば、雨が降る』と出ました。景公は堂を降り頭を地につけて言いました。『そもそも私が雨を求めるのは、わが民のためである。いま私に人をいけにえにさせて雨を降らせるというのなら、私が自分でその身に当たろう』。言い終わらないうちに、天は千里四方に大雨を降らせました。なぜでしょうか。天に対して徳があり、民に対して恵みがあったからです。いま主君は白雁のために人を射ようとしておられます。襲が主君に申し上げます、そのなさりようは虎狼と変わりません」。梁君はその手を取ってともに車に乗り、帰って廟の門に入り、万歳を唱えて言った。「幸いなことだ。今日、他の人の狩りは、みな鳥や獣を得た。私の狩りは、善い言葉を得て帰る」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻一・李昉太宗、侍臣に語りて曰く、朕は唐の太宗に何如と。左右互いに辭を以て讚う。獨り昉のみ它言無く、㣲かに白居易の諷諌七徳舞の詞を誦して曰く、怨女三千宮を放ち出だし、死囚四百獄に來歸すと。上之を聞き、遽かに興ちて曰く、朕及ばず、朕及ばず。卿の言、朕を警ましむと。
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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葉隠・聞書第一主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。
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荀子・大略篇人の臣下たる者は、諫むること有るも訕ること無く、亡ること有るも疾むこと無く、怨むこと有るも怒ること無し。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。