宋名臣言行録 / 前集巻一・李昉
太宗語侍臣曰朕何如唐太宗左右互辭以讚獨昉無他言㣲誦白居易諷諌七徳舞詞曰怨女三千放出宮死囚四百來歸獄上聞之遽興曰朕不及朕不及卿言警朕矣
新字:太宗語侍臣曰朕何如唐太宗左右互辞以讃独昉無他言㣲誦白居易諷諌七徳舞詞曰怨女三千放出宮死囚四百来帰獄上聞之遽興曰朕不及朕不及卿言警朕矣
書き下し
太宗、侍臣に語りて曰く、朕は唐の太宗に何如と。左右互いに辭を以て讚う。獨り昉のみ它言無く、㣲かに白居易の諷諌七徳舞の詞を誦して曰く、怨女三千宮を放ち出だし、死囚四百獄に來歸すと。上之を聞き、遽かに興ちて曰く、朕及ばず、朕及ばず。卿の言、朕を警ましむと。
現代語訳
太宗が側近に語って言った。「私は唐の太宗と比べてどうか」。左右の者はかわるがわる言葉を尽くして讃えた。ただ李昉だけは何も言わず、かすかに白居易の諷諫の詩「七徳舞」の一節を口ずさんだ。「怨みを抱いた女三千人を宮から放ち出し、死刑囚四百人が自ら獄に帰ってきた」。太宗はそれを聞くと、すぐに立ち上がって言った。「私は及ばない、私は及ばない。卿の言葉は私を戒めてくれた」。
解説
「私は唐の太宗と比べてどうか」という、答えようのない問いが出た場面です。周りはこぞって讃えました。李昉だけは何も評さず、白居易の詩を小さく口ずさみます。**怨みを抱いた女三千人を宮から出し、死刑囚四百人が自ら獄に帰ってきた。**唐の太宗が実際にしたことを二行挙げただけで、比較の答えはどこにも言っていません。太宗は立ち上がって「及ばない」と二度言いました。事実を並べるほうが、評より効くという例です。
この章句が説くこと
朕は唐の太宗に何如怨女三千宮を放ち出だし死囚四百獄に来帰す朕及ばず卿の言朕を警ましむ比較事実諫言
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