新序 / 雜事第二
晉文公出獵,前驅曰:「前有大蛇,髙如隄阻道竟之。」文公曰:「寡人聞之,諸侯夢惡則修徳,大夫夢惡則修官,士夢惡則修身,如是而禍不至矣。今寡人有過,天以戒寡人。」還車而反。前驅曰:「臣聞之,喜者無賞,怒者無刑。今禍福已在前矣,不可變,何不遂驅之?」文公曰:「不然,夫神不勝道,而妖亦不勝徳,禍福未發,猶可化也。」還車反,宿齋三日,請於廟曰:「孤少犧不肥,幣不厚,罪一也。孤好弋獵,無度數,罪二也。孤多賦斂,重刑罰,罪三也。請自今以來者,闗市無征,澤梁無賦斂,赦罪人,舊田半税新田不税行此令未半旬,守虵吏夢天帝殺虵曰:「何故當聖君道為,而罪當死。」發夢視虵臭腐矣。謁之,文公曰:「然夫神果不勝道,而妖亦不勝徳,柰何其無究理而任天也,應之以徳而已。」
新字:晋文公出猟,前駆曰:「前有大蛇,高如堤阻道竟之。」文公曰:「寡人聞之,諸侯夢悪則修徳,大夫夢悪則修官,士夢悪則修身,如是而禍不至矣。今寡人有過,天以戒寡人。」還車而反。前駆曰:「臣聞之,喜者無賞,怒者無刑。今禍福已在前矣,不可変,何不遂駆之?」文公曰:「不然,夫神不勝道,而妖亦不勝徳,禍福未発,猶可化也。」還車反,宿斎三日,請於廟曰:「孤少犠不肥,幣不厚,罪一也。孤好弋猟,無度数,罪二也。孤多賦斂,重刑罰,罪三也。請自今以来者,関市無征,沢梁無賦斂,赦罪人,旧田半税新田不税行此令未半旬,守虵吏夢天帝殺虵曰:「何故当聖君道為,而罪当死。」発夢視虵臭腐矣。謁之,文公曰:「然夫神果不勝道,而妖亦不勝徳,柰何其無究理而任天也,応之以徳而已。」
書き下し
晉の文公出でて獵す。前驅曰く、前に大蛇有り。高きこと隄の如く、道を阻みて之を竟る、と。文公曰く、寡人之を聞く、諸侯夢惡しければ則ち德を修め、大夫夢惡しければ則ち官を修め、士夢惡しければ則ち身を修む。是くの如くならば禍い至らず、と。今寡人過ち有り。天以て寡人を戒むるなり、と。車を還して反る。前驅曰く、臣之を聞く、喜ぶ者に賞無く、怒る者に刑無し、と。今禍福已に前に在り。變ず可からず。何ぞ遂に之を驅らざる、と。文公曰く、然らず。夫れ神は道に勝たず、而して妖も亦た德に勝たず。禍福未だ發せざれば、猶お化す可きなり、と。車を還して反り、宿齋すること三日、廟に請いて曰く、孤犧を少なくして肥えず、幣厚からず。罪の一なり。孤弋獵を好み、度數無し。罪の二なり。孤賦斂を多くし、刑罰を重くす。罪の三なり。請う、今より以來、關市に征無く、澤梁に賦斂無く、罪人を赦し、舊田は半ば税し、新田は税せざらん、と。此の令を行いて未だ半旬ならず、蛇を守る吏夢む、天帝蛇を殺して曰く、何の故に聖君の道に當たりて爲すや、罪死に當たる、と。夢より發めて蛇を視るに臭腐せり。之を謁す。文公曰く、然り。夫れ神は果たして道に勝たず、而して妖も亦た德に勝たず。柰何ぞ其れ理を究むる無くして天に任せんや。之に應ずるに德を以てするのみ、と。
現代語訳
晋の文公が狩りに出た。先駆けが言った。「前方に大蛇がおります。高さは堤ほどもあり、道をふさいで行く手を遮っております」。文公は言った。「私はこう聞いている。諸侯は悪い夢を見れば徳を修め、大夫は悪い夢を見れば職務を修め、士は悪い夢を見れば身を修める。そうすれば禍いは来ない、と。いま私に過ちがある。天がそれで私を戒めているのだ」。車を返して帰った。先駆けは言った。「臣はこう聞いております。喜んでいる者に賞はなく、怒っている者に刑はない、と。いま禍福はすでに目の前にあります。変えることはできません。どうしてそのまま追い払わないのですか」。文公は言った。「そうではない。そもそも神は道に勝てず、妖もまた徳に勝てない。禍福がまだ現れていないなら、まだ変えることができるのだ」。車を返して帰り、三日斎戒して、廟に願って言った。「私はいけにえを少なくして肥えさせず、供え物も厚くしなかった。罪の一つ目である。私は狩りを好み、度を越した。罪の二つ目である。私は取り立てを多くし、刑罰を重くした。罪の三つ目である。願わくは、今から後は、関所と市に税をかけず、沢や梁に取り立てをせず、罪人を赦し、古い田は半分の税とし、新しい田には課税しないことにする」。この令を出して五日とたたないうちに、蛇を見張る役人が夢を見た。天帝が蛇を殺して言った。「なぜ聖君の道をふさいだのか。その罪は死に当たる」。夢から覚めて蛇を見ると、腐って臭っていた。それを報告した。文公は言った。「そのとおりだ。神はやはり道に勝てず、妖もまた徳に勝てない。どうして道理を究めずに天まかせにできようか。これに応じるには徳をもってするだけだ」。
解説
この章句が説くこと
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