宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
元祐初温公復差役改雇役子厚議曰保甲保馬一日不罷有一日害如役法則熙寧初以雇役代差役議之不詳行之太速故後有弊今復以差役代雇役當詳議熟講庶幾可行而限止五日太速後必有弊温公不以為然子厚罪去
新字:元祐初温公復差役改雇役子厚議曰保甲保馬一日不罷有一日害如役法則熙寧初以雇役代差役議之不詳行之太速故後有弊今復以差役代雇役当詳議熟講庶幾可行而限止五日太速後必有弊温公不以為然子厚罪去
書き下し
元祐の初め、溫公差役を復して雇役を改む。子厚議して曰く、保甲・保馬は一日罷めざれば一日の害有り。役法の如きは則ち熙寧の初め雇役を以て差役に代う。之を議すること詳らかならず、之を行うこと太だ速し。故に後に弊有り。今復た差役を以て雇役に代う。當に詳議熟講して庶幾わくは行う可し。而して限りて五日に止むるは太だ速し。後に必ず弊有らんと。溫公以て然らずと爲す。子厚罪せられて去る。
現代語訳
元祐のはじめ、司馬光は差役を復活させて雇役を改めた。章惇が議して言った。「保甲と保馬は、一日廃止しなければ一日ぶんの害がある。役法については、熙寧のはじめに雇役をもって差役に代えた。議することが詳しくなく、行うことが速すぎた。だから後になって弊害が出た。いままた差役をもって雇役に代えようとしている。詳しく議し、よく講じてこそ、ようやく行えるものだ。それを五日に限るのは速すぎる。後に必ず弊害が出る」。司馬光はそうは考えなかった。章惇は罪に問われて去った。
解説
廃止すべきものと、慎重に戻すべきものを、章惇が分けています。**保甲と保馬は、一日廃止しなければ一日ぶんの害がある。**こちらは即刻でよい。役法は別だ、と。しかも根拠が、自分の側の失敗でした。**熙寧のはじめに雇役をもって差役に代えた。議することが詳しくなく、行うことが速すぎた。だから後になって弊害が出た。**新法の側の人間が、新法の失敗の原因を速度に見ている。同じ轍を踏むな、と。聞き入れられませんでした。
この章句が説くこと
保甲保馬は一日罷めざれば一日の害有り熙寧の初め雇役を以て差役に代う之を議すること詳らかならず之を行うこと太だ速し今復た差役を以て雇役に代う当に詳議熟講すべし而して限りて五日に止むるは太だ速し後に必ず弊有らん速度反省
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