新序 / 雜事第二
楚王問羣臣曰:「吾聞北方畏昭奚恤,亦誠何如?」江乙答曰:「虎求百獸食之,得一狐。狐曰:『子毋敢食我也,天帝令我長百獸,今子食我,是逆帝命也,以我為不信,吾為子先行,子隨我後,觀百獸見我無不走。』虎以為然,後而行,獸見之皆走,虎不知獸畏己而走也,以為畏狐也。今王地方五千里,帶甲百萬,而専任之於昭奚恤也,北方非畏昭奚恤也,其實畏王之甲兵也,猶百獸之畏虎。」故人臣而見畏者,是見君之威也,君不用則威亡矣。
新字:楚王問羣臣曰:「吾聞北方畏昭奚恤,亦誠何如?」江乙答曰:「虎求百獣食之,得一狐。狐曰:『子毋敢食我也,天帝令我長百獣,今子食我,是逆帝命也,以我為不信,吾為子先行,子随我後,観百獣見我無不走。』虎以為然,後而行,獣見之皆走,虎不知獣畏己而走也,以為畏狐也。今王地方五千里,帯甲百万,而専任之於昭奚恤也,北方非畏昭奚恤也,其実畏王之甲兵也,猶百獣之畏虎。」故人臣而見畏者,是見君之威也,君不用則威亡矣。
書き下し
楚王羣臣に問いて曰く、吾聞く、北方昭奚恤を畏ると。亦た誠に何如、と。江乙答えて曰く、虎百獸を求めて之を食らう。一狐を得たり。狐曰く、子敢えて我を食らう毋かれ。天帝我をして百獸に長たらしむ。今子我を食らわば、是れ帝の命に逆らうなり。我を以て信ならずと爲さば、吾子の爲に先に行かん。子我が後に隨え。百獸の我を見て走らざる無きを觀よ、と。虎以て然りと爲し、後れて行く。獸之を見て皆な走る。虎獸の己を畏れて走るを知らざるなり。以て狐を畏ると爲す。今王の地は方五千里、帶甲百萬なり。而して之を昭奚恤に專任す。北方は昭奚恤を畏るるに非ざるなり。其の實は王の甲兵を畏るるなり。猶お百獸の虎を畏るるがごとし、と。故に人臣にして畏れらるる者は、是れ君の威を見わすなり。君用いざれば則ち威亡ぶ。
現代語訳
楚王が群臣に問うた。「私は北方が昭奚恤を畏れていると聞く。実際のところはどうなのか」。江乙が答えた。「虎が百獣を求めて食っていました。一匹の狐を捕らえました。狐は言いました。『あなたは私を食べてはいけません。天帝が私を百獣の長にしたのです。いまあなたが私を食べれば、それは天帝の命に逆らうことになります。私が信用できないというなら、私があなたのために先を歩きましょう。あなたは私の後についてきなさい。百獣が私を見て逃げないことがないのを、ご覧なさい』。虎はもっともだと思い、後ろについて行きました。獣たちはこれを見てみな逃げました。虎は、獣が自分を畏れて逃げているのだと分かりませんでした。狐を畏れているのだと思ったのです。いま王の領土は五千里四方、甲冑の兵は百万です。それを昭奚恤に一任しておられます。北方は昭奚恤を畏れているのではありません。実は王の兵を畏れているのです。ちょうど百獣が虎を畏れるようなものです」。だから臣下でありながら畏れられる者は、君の威を表しているのである。君が用いなければ、その威は消える。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・憲問篇公伯寮、子路を季孫に愬う。子服景伯以て告げて曰く、「夫子固より公伯寮に惑志有り。吾が力猶お能く諸を市朝に肆さん。」子曰く、「道の将に行われんとするや、命なり。道の将に廃れんとするや、命なり。公伯寮其れ命を如何せん。」
-
論語・顔淵篇子張、明を問う。子曰く、「浸潤の譖、膚受の愬、行われざれば、明と謂う可きのみ。浸潤の譖、膚受の愬、行われざれば、遠しと謂う可きのみ。」
-
説苑・雜言祁射子、秦の惠王に見え、惠王之を說ぶ。是に於いて唐姑之を讒し、復た見ゆるに、惠王怒りを懷きて以て之を待つ。其の說く所異なるに非ざるなり、聽く所の易わればなり。故に徵を以て羽と為すは、絃の罪に非ざるなり。甘きを以て苦しと為すは、味を限るの過ちなり。
-
史記 伍子胥列伝呉の太宰嚭既に子胥と隙有り、因りて讒して曰く、「子胥の人と為りは剛暴にして恩少なく、猜賊なり。其の怨望、恐らく深禍を為さん。前日王斉を伐たんと欲し、子胥以て不可と為すも、王卒に之を伐ちて大功有り。子胥其の計謀の用ゐられざるを恥ぢ、乃ち反って怨望す。而して今王又復た斉を伐つに、子胥専愎彊諫し、用事を沮毀し、徒に呉の敗るるを幸ひて以て自ら其の計謀に勝たんとするのみ。今王自ら行き、国中の武力を悉くして以て斉を伐つに、子胥諫め用ゐられず、因りて輟めて謝し、病を詳りて行かず。王備へざる可からず、此れ禍を起こすこと難からず。且つ嚭人をして微かに之を伺はしむるに、其の斉に使ひするや、乃ち其の子を斉の鮑氏に属す。夫れ人臣為りて、内に意を得ず、外に諸侯に倚り、自ら以て先王の謀臣と為し、今用ゐられず、常に鞅鞅として怨望す。願はくは王早く之を図れ」と。呉王曰く、「微子の言、吾も亦た之を疑へり」と。乃ち使ひをして伍子胥に属鏤の剣を賜はしめて曰く、「子此れを以て死せ」と。伍子胥天を仰ぎ嘆じて曰く、「嗟乎、讒臣嚭乱を為し、王乃ち反って我を誅す。我、若の父をして覇たらしむ。若の未だ立たざりし時自り、諸公子立つを争ふに、我死を以て之を先王に争ひ、幾んど立つを得ざらんとす。若既に立つを得るや、呉国を分かちて我に予へんと欲するも、我顧って敢て望まざるなり。然るに今若、諛臣の言を聴きて以て長者を殺す」と。乃ち其の舎人に告げて曰く、「必ず吾が墓の上に樹うるに梓を以てし、以て器を為る可からしめよ。而して吾が眼を抉りて呉の東門の上に縣けよ、以て越寇の入りて呉を滅ぼすを観ん」と。乃ち自剄して死す。呉王之を聞き大いに怒り、乃ち子胥の尸を取り盛るに鴟夷の革を以てし、之を江中に浮かぶ。呉人之を憐み、為に祠を江上に立て、因りて命づけて胥山と曰ふ。
-
史記 孫子呉起列伝田文既に死し、公叔相と為り、魏の公主を尚りて呉起を害む。公叔の僕曰く、「起は去り易し」と。公叔曰く、「奈何」と。其の僕曰く、「呉起の人と為りは節廉にして自ら名を喜ぶなり。君因りて先づ武侯と言ひて曰へ、『夫れ呉起は賢人なり、而るに侯の国は小さく、又彊秦と壌を界す。臣窃かに起の留心無きを恐るるなり』と。武侯即ち『奈何』と曰はん。君因りて武侯に謂ひて曰へ、『試みに延くに公主を以てせよ。起、留心有らば則ち必ず之を受け、留心無からば則ち必ず辞せん。此れを以て之を卜せよ』と。君因りて呉起を召して与に帰り、即ち公主をして怒りて君を軽んぜしめよ。呉起、公主の君を賤しむを見れば、則ち必ず辞せん」と。是に於いて呉起、公主の魏の相を賤しむを見、果たして魏の武侯に辞す。武侯之を疑ひて信ぜず。呉起罪を得るを懼れ、遂に去りて即ち楚に之く。
-
史記 老子韓非列伝人或いは其の書を伝へて秦に至る。秦王、孤憤・五蠹の書を見て曰く、「嗟乎、寡人此の人を見、之と游ぶを得ば、死すとも恨みじ」と。李斯曰く、「此れ韓非の著す所の書なり」と。秦因りて急に韓を攻む。韓王、始め非を用ゐず、急なるに及び、乃ち非を遣り秦に使ひせしむ。秦王之を悦ぶも、未だ信用せず。李斯・姚賈之を害み、之を毀りて曰く、「韓非は韓の諸公子なり。今王、諸侯を并せんと欲するに、非は終に韓の為にして秦の為にせず、此れ人の情なり。今王用ゐずして久しく留めて之を帰すは、此れ自ら患ひを遺すなり。過法を以て之を誅するに如かず」と。秦王、以て然りと為し、吏に下して非を治む。李斯、人をして非に薬を遺らしめ、自殺せしむ。韓非、自ら陳べんと欲するも、見ゆるを得ず。秦王後に之を悔い、人をして之を赦さしむるに、非已に死せり。申子・韓子皆書を著し、後世に伝はり、学ぶ者多く有り。余独り韓子の説難を為りて自ら脱する能はざりしを悲しむのみ。