新序 / 雜事第一
楚莊王既討陳靈公之賊,殺夏徴舒,得夏姬而悦之。將近之,申公巫臣諫曰:「此女亂陳國,敗其羣臣,嬖女不可近也。」莊王從之。令尹又欲取,申公巫臣諫,令尹從之。後襄尹取之,至恭王與晉戰于鄢陵,楚兵敗,襄尹死,其尸不反,數求晉,不與。夏姬請如晉求尸楚方遣之,申公巫臣將使齊,私説夏姬與謀。及夏姬行,而申公巫臣廢使命,道亡隨夏姬之晉。令尹將徙其族,言之於王曰:「申公巫臣諫先王以無近夏姬,今身廢使命,與夏姬逃之晉,是欺先王也,請徙其族。」王曰:「申公巫臣為先王謀則忠,自為謀則不忠,是厚於先王而自薄也,何罪於先王?」遂不徙。
新字:楚荘王既討陳霊公之賊,殺夏徴舒,得夏姬而悦之。将近之,申公巫臣諫曰:「此女乱陳国,敗其羣臣,嬖女不可近也。」荘王従之。令尹又欲取,申公巫臣諫,令尹従之。後襄尹取之,至恭王与晉戦于鄢陵,楚兵敗,襄尹死,其尸不反,数求晉,不与。夏姬請如晉求尸楚方遣之,申公巫臣将使斉,私説夏姬与謀。及夏姬行,而申公巫臣廃使命,道亡随夏姬之晉。令尹将徙其族,言之於王曰:「申公巫臣諫先王以無近夏姬,今身廃使命,与夏姬逃之晉,是欺先王也,請徙其族。」王曰:「申公巫臣為先王謀則忠,自為謀則不忠,是厚於先王而自薄也,何罪於先王?」遂不徙。
書き下し
楚の莊王既に陳の靈公の賊を討ち、夏徵舒を殺し、夏姬を得て之を悦ぶ。將に之に近づかんとす。申公巫臣諫めて曰く、此の女陳國を亂し、其の羣臣を敗る。嬖女は近づく可からざるなり、と。莊王之に從う。令尹も又た取らんと欲す。申公巫臣諫む。令尹之に從う。後に襄尹之を取る。恭王に至りて晉と鄢陵に戰う。楚兵敗れ、襄尹死す。其の尸反らず。數ミ晉に求むるも與えず。夏姬晉に如きて尸を求めんことを請う。楚方に之を遣らんとす。申公巫臣將に齊に使いせんとし、私かに夏姬を説きて與に謀る。夏姬行くに及び、申公巫臣使命を廢し、道に亡げて夏姬に隨いて晉に之く。令尹將に其の族を徙さんとし、之を王に言いて曰く、申公巫臣先王に諫むるに夏姬に近づく無かれと以てす。今身は使命を廢し、夏姬と之に晉に逃る。是れ先王を欺くなり。請う其の族を徙さん、と。王曰く、申公巫臣先王の爲に謀れば則ち忠なり。自ら爲に謀れば則ち不忠なり。是れ先王に厚くして自ら薄くするなり。何ぞ先王に罪あらんや、と。遂に徙さず。
現代語訳
楚の荘王は陳の霊公を殺した賊を討ち、夏徴舒を殺し、夏姫を得て気に入った。近づこうとした。申公巫臣が諫めて言った。「この女は陳国を乱し、その群臣を破滅させました。寵愛される女に近づいてはなりません」。荘王はこれに従った。令尹もまた娶ろうとした。申公巫臣が諫めた。令尹もこれに従った。後に襄尹がこれを娶った。恭王の代になって晋と鄢陵で戦った。楚の兵は敗れ、襄尹は死んだ。その遺体は返らなかった。たびたび晋に求めたが渡さない。夏姫は晋に行って遺体を求めたいと願い出た。楚はまさに行かせようとしていた。申公巫臣は斉に使いに立とうとしており、ひそかに夏姫を説いて共に謀った。夏姫が出発すると、申公巫臣は使命を放り出し、道中で逃げ、夏姫に従って晋へ行った。令尹はその一族を移そうとし、王に言った。「申公巫臣は先王に、夏姫に近づかぬようにと諫めました。いま自分は使命を放り出し、夏姫とともに晋へ逃げました。これは先王を欺いたのです。どうかその一族を移させてください」。王は言った。「申公巫臣は先王のために謀ったときは忠であった。自分のために謀ったときは不忠であった。これは先王に厚くして自分に薄くしたということだ。先王に何の罪があろうか」。そこで移さなかった。
解説
この章句が説くこと
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『新序』雜事第一楚の共王疾有り。令尹を召して曰く、常侍の筦蘇我と處るに、常に我に忠なるに道を以てし、我を正すに義を以てす。吾與に處りて安からざるなり、見ざれば思わざるなり。然りと雖も、吾得る有るなり。其の功細ならず。必ず之を厚く爵せよ。申侯伯與に處るに、常に吾を縱恣にす。吾樂しむ所の者は、吾に勸めて之を爲さしむ。吾好む所の者は、吾に先んじて之を服す。吾與に處りて之を歡樂す、戚戚を見ず。然りと雖も、吾終に得る無きなり。其の過ち細ならず。必ず亟かに之を遣れ、と。令尹曰く、諾、と。
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史記 陳杞世家靈公其の大夫孔寧・儀行父と皆夏姬に通じ、其の衣を衷にして以て朝に戯る。泄冶諫めて曰く、「君臣淫乱すれば、民何をか效はん」と。靈公以て二子に告ぐ、二子泄冶を殺さんことを請ふ、公禁ぜず、遂に泄冶を殺す。十五年、靈公二子と夏氏に飲む。公二子に戯れて曰く、「徵舒汝に似たり」と。二子曰く、「亦た公に似たり」と。徵舒怒る。靈公酒を罷めて出づ、徵舒弩を廏門に伏せて靈公を射殺す。
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『新序』雜事第四晉人楚を伐ち、三舍にして止まず。大夫曰く、請う、之を撃たん、と。莊王曰く、先君の時、晉楚を伐たず。孤の身に及びて、晉楚を伐つ。是れ寡人の過ちなり。如何ぞ其れ諸大夫を辱めんや、と。大夫曰く、先君の時、晉楚を伐たず。臣の身に及びて、晉楚を伐つ。是れ臣の罪なり。請う、之を撃たん、と。莊王俛して泣きて起ち、諸大夫を拜す。晉人之を聞きて曰く、君臣爭いて過ちを以て己に在りと爲す。且つ君の其の臣に下ること猶お此くの如し。所謂上下心を一にし、三軍力を同じくす。未だ攻む可からざるなり、と。乃ち夜師を還す。孔子之を聞きて曰く、楚の莊王の霸たるは、其れ方有らんか。士に下ること一言を以てして敵還り、以て社稷を安んず。其の霸たるも亦た宜ならずや、と。詩に曰く、遠きを柔らげ邇きを能くし、以て我が王を定む、と。此の謂いなり。
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『新序』雜事第一禹の興るや塗山を以てし、桀の亡ぶや末喜を以てす。湯の興るや有莘を以てし、紂の亡ぶや妲己を以てす。文・武の興るや任姒を以てし、幽王の亡ぶや褒姒を以てす。是を以て詩は關雎を正しとし、春秋は伯姬を褒むるなり。樊姬は楚國の夫人なり。楚の莊王朝を罷めて晏し。其の故を問う。莊王曰く、今旦賢相と語り、日の晏きを知らざるなり、と。樊姬曰く、賢相とは誰爲るや、と。王曰く、虞丘子爲り、と。樊姬口を掩いて笑う。王其の故を問う。曰く、妾幸いに巾櫛を執りて以て王に侍するを得たり。貴を專らにし愛を擅にせんと欲せざるに非ず。以爲えらく王の義を傷つけんと。故に妾と位を同じくする者を進むること數人なり。今虞丘子相と爲ること數十年、未だ嘗て一賢をも進めず。知りて進めざるは、是れ不忠なり。知らざるは、是れ不智なり。安んぞ賢爲るを得んや、と。明日朝す。王樊姬の言を以て虞丘子に告ぐ。虞丘子稽首して曰く、樊姬の言の如し、と。是に於いて位を辭して孫叔敖を進む。孫叔敖楚に相たり。莊王卒に以て霸たり。樊姬與りて力有り。
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史記 陳杞世家楚莊王徵舒を誅し、因りて陳を県として之を有つ。群臣畢く賀す。申叔時齊に使ひして還るに、独り賀せず。莊王其の故を問ふ。対へて曰く、「鄙語に之れ有り、『牛を牽きて人の田を径る、田主之が牛を奪ふ』と。径るは則ち罪有り、之が牛を奪ふは、亦た甚だしからずや。今王徵舒を賊にして君を弒すと為し、故に兵を諸侯に徴し、義を以て之を伐つ。已にして之を取り、以て其の地を利せば、則ち後何を以て天下に令せんや。是を以て賀せず」と。莊王曰く、「善し」と。乃ち陳の靈公の太子午を晉に迎へて之を立つ。孔子曰く、「賢なるかな楚莊王、千乗の国を軽んじて一言を重んず」と。
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『新序』雜事第二莊辛楚の襄王に諫めて曰く、君王左に州侯、右に夏侯、新安君と壽陵君とを從えて軒を同じくし、淫衍侈靡にして國政を忘る。郢其れ危うし、と。王曰く、先生老いて惽めるか。妄りに楚國の爲に妖を爲すか、と。莊辛對えて曰く、臣敢えて楚の爲に妖を爲すに非ず。誠に之を見ればなり。君王卒に此の四子なる者に近づかば、則ち楚必ず亡びん。辛請う趙に留まりて以て之を觀ん、と。是に於いて十月を出でずして、王果たして巫山・江漢・鄢郢の地を亡う。是に於いて王乃ち使いをして莊辛を趙に召さしむ。辛至る。王曰く、嘻、先生來たれるか。寡人先生の言を用いざるを以て此に至れり。之を爲すこと柰何、と。莊辛曰く、君王辛の言を用いば則ち可なり。辛の言を用いずんば又た將に甚だしからんとす。此れ庶人に稱すること有りて曰く、羊を亡いて牢を固くするも未だ遲しと爲さず、兎を見て狗を呼ぶも未だ晩しと爲さず、と。湯武は百里を以て王たり、桀紂は天下を以て亡ぶ。今楚は小なりと雖も、長を絶ちて短を繼がば、千里を以て數う。豈に特だ百里ならんや。且つ君王獨り夫の青蛉を見ざるか。六足四翼、天地の間に蜚翔し、蚊虻を求めて之を食らい、甘露に時して之を飲む。自ら以爲えらく患い無く、民と爭う無しと。知らず、五尺の童子、絲を膠して竿し、之を四仞の上に加え、而して下りて蟲蛾の食と爲るを、と。