新序 / 雜事第一
楚共王有疾,召令尹曰:「常侍筦蘇與我處,常忠我以道,正我以義,吾與處不安也,不見不思也。雖然,吾有得也,其功不細,必厚爵之。申侯伯與處,常縱恣吾,吾所樂者,勸吾為之;吾所好者,先吾服之。吾與處歡樂之,不見戚戚。也雖然,吾終無得也,其過不細,必亟遣之。」令尹曰:「諾。」
新字:楚共王有疾,召令尹曰:「常侍筦蘇与我処,常忠我以道,正我以義,吾与処不安也,不見不思也。雖然,吾有得也,其功不細,必厚爵之。申侯伯与処,常縦恣吾,吾所楽者,勧吾為之;吾所好者,先吾服之。吾与処歓楽之,不見戚戚。也雖然,吾終無得也,其過不細,必亟遣之。」令尹曰:「諾。」
書き下し
楚の共王疾有り。令尹を召して曰く、常侍の筦蘇我と處るに、常に我に忠なるに道を以てし、我を正すに義を以てす。吾與に處りて安からざるなり、見ざれば思わざるなり。然りと雖も、吾得る有るなり。其の功細ならず。必ず之を厚く爵せよ。申侯伯與に處るに、常に吾を縱恣にす。吾樂しむ所の者は、吾に勸めて之を爲さしむ。吾好む所の者は、吾に先んじて之を服す。吾與に處りて之を歡樂す、戚戚を見ず。然りと雖も、吾終に得る無きなり。其の過ち細ならず。必ず亟かに之を遣れ、と。令尹曰く、諾、と。
現代語訳
楚の共王が病んだ。令尹を召して言った。「常侍の筦蘇は私と一緒にいると、いつも道理をもって私に忠であり、義をもって私を正した。私は一緒にいて心地よくなく、会わなければ思い出しもしない。しかしそれでも、私は得るものがあった。その功は小さくない。必ず厚く爵位を与えよ。申侯伯は私と一緒にいると、いつも私を思うままにさせた。私が楽しむことは、私に勧めてやらせた。私が好むものは、私より先に身につけていた。私は一緒にいて楽しく、うっとうしさを感じなかった。しかしそれでも、私は結局得るものがなかった。その過ちは小さくない。必ず速やかに追い払え」。令尹は言った。「かしこまりました」。
解説
死の床で出した人事の指示です。判断の物差しが、快不快の逆に置かれています。片方は不快でした。私は一緒にいて心地よくなく、会わなければ思い出しもしない。それでも功があるとします。もう片方は快適でした。私は一緒にいて楽しく、うっとうしさを感じなかった。そこに罪を見ます。私は結局得るものがなかった。その過ちは小さくない。一緒にいて楽しいかどうかと、得るものがあるかどうかは別だ、という区別を、最後に自分で言葉にしています。
この章句が説くこと
常侍の筦蘇我と処るに常に我に忠なるに道を以てし我を正すに義を以てす吾与に処りて安からざるなり見ざれば思わざるなり吾楽しむ所の者は吾に勧めて之を為さしむ吾与に処りて之を歓楽す戚戚を見ず然りと雖も吾終に得る無きなり側近快不快
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