史記 / 陳杞世家
」已誅徵舒,因縣陳而有之,群臣畢賀。申叔時使於齊來還,獨不賀。莊王問其故,對曰:「鄙語有之,牽牛徑人田,田主奪之牛。徑則有罪矣,奪之牛,不亦甚乎?今王以徵舒為賊弒君,故徵兵諸侯,以義伐之,已而取之,以利其地,則後何以令於天下!是以不賀。」莊王曰:「善。」乃迎陳靈公太子午於晉而立之,復君陳如故,是為成公。孔子讀史記至楚復陳,曰:「賢哉楚莊王!輕千乘之國而重一言。」 二十八年,楚莊王卒。
新字:」已誅徴舒,因県陳而有之,群臣畢賀。申叔時使於斉来還,独不賀。荘王問其故,対曰:「鄙語有之,牽牛径人田,田主奪之牛。径則有罪矣,奪之牛,不亦甚乎?今王以徴舒為賊弒君,故徴兵諸侯,以義伐之,已而取之,以利其地,則後何以令於天下!是以不賀。」荘王曰:「善。」乃迎陳霊公太子午於晉而立之,復君陳如故,是為成公。孔子読史記至楚復陳,曰:「賢哉楚荘王!軽千乗之国而重一言。」 二十八年,楚荘王卒。
書き下し
楚莊王徵舒を誅し、因りて陳を県として之を有つ。群臣畢く賀す。申叔時齊に使ひして還るに、独り賀せず。莊王其の故を問ふ。対へて曰く、「鄙語に之れ有り、『牛を牽きて人の田を径る、田主之が牛を奪ふ』と。径るは則ち罪有り、之が牛を奪ふは、亦た甚だしからずや。今王徵舒を賊にして君を弒すと為し、故に兵を諸侯に徴し、義を以て之を伐つ。已にして之を取り、以て其の地を利せば、則ち後何を以て天下に令せんや。是を以て賀せず」と。莊王曰く、「善し」と。乃ち陳の靈公の太子午を晉に迎へて之を立つ。孔子曰く、「賢なるかな楚莊王、千乗の国を軽んじて一言を重んず」と。
現代語訳
楚の莊王は徵舒を誅殺し、そのまま陳を県として領有した。群臣はこぞって祝賀した。申叔時が齊への使いから帰ってきたが、彼ひとりが祝賀しなかった。莊王がその理由を尋ねた。申叔時は答えた。「ことわざにこうあります。『牛を引いて人の田を横切った。田の持ち主がその牛を取り上げた』と。横切ったのはたしかに罪です。だが、その牛を取り上げるのは、やり過ぎではありませんか。今、王は徵舒が主君を殺した賊だとして、諸侯に兵を求め、義によってこれを討たれた。それなのに、そのあと陳を取って、その土地を自分の利にしてしまえば、この先どうやって天下に号令なさるのですか。だから私は祝賀しないのです」。莊王は「もっともだ」と言った。そして陳の靈公の太子・午を晉から迎えて、これを立てた。孔子は言った。「賢明だな、楚の莊王は。千乗の国を軽んじて、ひとことの言葉を重んじたのだ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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荀子・大略篇自ら其の行ひに嗛(あきた)らざる者は、言濫(らん)に過ぐ。古の賢人は、賤しくして布衣(ほい)為(た)り、貧しくして匹夫為り。食へば則ち饘粥(せんしゅく)も足らず、衣れば則ち豎褐(じゅかつ)も完(まった)からず。然り而して礼に非ざれば進まず、義に非ざれば受けず。安(いづ)くんぞ此れを取らん。
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論語・憲問篇子曰わく、君子はその言にして行に過ぐるを恥ず。
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論語・子路篇子貢問いて曰く、「何如なれば斯れ之を士と謂う可き。」子曰く、「己を行うに恥有り、四方に使いして、君命を辱めざる、士と謂う可し。」曰く、「敢えて其の次を問う。」曰く、「宗族孝を称し、郷党弟を称す。」曰く、「敢えて其の次を問う。」曰く、「言必ず信、行必ず果、硜硜然たる小人なるかな。抑々亦た以て次と為す可し。」曰く、「今の政に従う者は何如。」子曰く、「噫、斗筲の人、何ぞ算うるに足らんや。」
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論語・里仁篇子曰わく、古者は言を出さざるは、躬の逮ばざるを恥ずればなり。
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論語・憲問篇子曰わく、その言の怍(はじ)ざるは、これを為すこと難し。
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呉子・図国篇呉起、儒服にして兵機を以て魏の文侯に見ゆ。文侯曰く、「寡人は軍旅の事を好まず」と。起曰く、「臣は見るるところを以て隠れたるを占い、往きしを以て来たるを察す。主君何ぞ言と心と違うことを言わるるや。今、君は四時に人をして皮革を斬り離たしめ、掩うに朱漆を以てし、画くに丹青を以てし、爍かすに犀象を以てす。冬日に之を衣れば則ち温かならず、夏日に之を衣れば則ち涼しからず。長戟は二丈四尺、短戟は一丈二尺を為る。革車は戸を奄い、輪を縵にし轂を籠む。之を目に観れば則ち麗しからず、之に乗りて以て田すれば則ち軽からず。識らず、主君安んぞ此を用いんや。若し以て進みて戦い退きて守るに備うるも、能く用うる者を求めざれば、譬えば猶お伏鶏の狸を搏ち、乳犬の虎を犯すがごとし。闘心有りと雖も、之に随いて死せんのみ。昔、承桑氏の君は、徳を修めて武を廃し、以て其の国を滅ぼせり。有扈氏の君は、衆を恃み勇を好み、以て其の社稷を喪えり。明主は茲に鑒み、必ず内には文徳を修め、外には武備を治む。故に敵に当たりて進まざるは、義に逮ぶこと無きなり。僵屍して之を哀しむは、仁に逮ぶこと無きなり」と。是に於いて文侯は身自ら席を布き、夫人は觴を捧げ、呉起を廟に醮し、立てて大将と為し、西河を守らしむ。諸侯と大いに戦うこと七十六、全勝六十四、余は則ち鈞しく解く。土を四面に闢き、地を拓くこと千里なるは、皆な起の功なり。