史記 / 陳杞世家
楚莊王徵舒を誅し、因りて陳を県として之を有つ。群臣畢く賀す。申叔時齊に使ひして還る、独り賀せず。莊王其の故を問ふ。対へて曰、鄙語に之れ有り、牛を牽きて人の田を径る、田主之が牛を奪ふと。径るは則ち罪有り、之が牛を奪ふは、亦た甚だしからずや。今王徵舒を賊にして君を弒すと為し、故に兵を諸侯に徴し、義を以て之を伐つ。已にして之を取り、以て其の地を利せば、則ち後何を以て天下に令せんや。是を以て賀せずと。莊王曰、善しと。乃ち陳の靈公の太子午を晉に迎へて之を立つ。孔子史記を読みて楚の陳を復するに至り、曰、賢なるかな楚莊王、千乗の国を軽んじて一言を重んずと。
新字:楚荘王徴舒を誅し、因りて陳を県として之を有つ。群臣畢く賀す。申叔時斉に使ひして還る、独り賀せず。荘王其の故を問ふ。対へて曰、鄙語に之れ有り、牛を牽きて人の田を径る、田主之が牛を奪ふと。径るは則ち罪有り、之が牛を奪ふは、亦た甚だしからずや。今王徴舒を賊にして君を弒すと為し、故に兵を諸侯に徴し、義を以て之を伐つ。已にして之を取り、以て其の地を利せば、則ち後何を以て天下に令せんや。是を以て賀せずと。荘王曰、善しと。乃ち陳の靈公の太子午を晉に迎へて之を立つ。孔子史記を読みて楚の陳を復するに至り、曰、賢なるかな楚荘王、千乗の国を軽んじて一言を重んずと。
書き下し
楚莊王徵舒を誅し、因りて陳を県として之を有つ。群臣畢く賀す。申叔時齊に使ひして還るに、独り賀せず。莊王其の故を問ふ。対へて曰く、「鄙語に之れ有り、『牛を牽きて人の田を径る、田主之が牛を奪ふ』と。径るは則ち罪有り、之が牛を奪ふは、亦た甚だしからずや。今王徵舒を賊にして君を弒すと為し、故に兵を諸侯に徴し、義を以て之を伐つ。已にして之を取り、以て其の地を利せば、則ち後何を以て天下に令せんや。是を以て賀せず」と。莊王曰く、「善し」と。乃ち陳の靈公の太子午を晉に迎へて之を立つ。孔子曰く、「賢なるかな楚莊王、千乗の国を軽んじて一言を重んず」と。
現代語訳
「一国の領土よりも、自ら口にした、一つの言葉のほうが、重い」——楚の荘王が、手に入れた国を、あっさりと返した、その気高さを描いた一段です。楚の荘王は、(陳の国で、)主君を殺した、徵舒を、討伐するため、「私は、(大義のために、)ただ、徵舒を、誅するだけだ(吾誅徵舒而已)」と、宣言して、諸侯の兵を、召集し、陳に、攻め入りました。そして、みごとに、徵舒を、討ち取ります。——ところが、そのあと。荘王は、(せっかく手に入れた、)陳の国を、(そのまま、)自国の、一つの県として、併合してしまったのです。(大義を掲げて出兵し、その勢いで、領土を、手に入れた——)家臣たちは、皆、こぞって、この、大戦果を、祝賀しました。——ただ、一人を、除いて。齊への使いから、帰ってきた、申叔時、ただ一人だけが、祝いの言葉を、述べなかったのです。不審に思った荘王が、その理由を問うと——申叔時は、みごとな、たとえ話で、答えました。「ことわざに、こうあります。『(ある男が、)牛を引いて、(近道をしようと、)他人の畑を、横切った。すると、その畑の持ち主が、(怒って、)その男の、牛を、奪い取ってしまった』と。——確かに、(人の畑を、勝手に)横切ったのは、罪です。しかし——だからといって、(その罰として、)その男の、牛まで、奪い取ってしまうのは——いくらなんでも、やりすぎでは、ないでしょうか(不亦甚乎)」と。そして、核心を、突きます。「今、王は、『徵舒が、逆賊として、主君を、殺した』——だからこそ、(その大義を掲げて、)諸侯の兵を、召集し、『義のために』、これを、討った、はずです。——ところが、(討ち終わった後、)その国を、まるごと、奪い取り、その土地から、(自分の)利益を、得ようとしている。——(そんなことをすれば、)これから先、王は、いったい、何をもって、天下に、(大義を)号令することが、できましょうか(後何以令於天下)。——だから、私は、祝いを、申し上げないのです」と。荘王は——この、たった一人の、諫言を聞くと、即座に、「善し(その通りだ)」と、答えました。そして、(すでに、手に入れていた、)陳の国を、あっさりと、手放し、(晋に亡命していた、)陳の正統な後継者を、迎え出して、君主として、立て、陳の国を、もとどおりに、復興させたのです。——後に、孔子は、(歴史書を読み、)この、楚の荘王が、陳を、復興させた、この一件に、至って、こう、感嘆しました。「なんと、賢明なことか、楚の荘王は。——(一時の利益である、)千乗もの、(大きな)国を、軽んじて——(自らが、かつて口にした、)たった、一つの言葉(大義)のほうを、重んじたのだ(輕千乘之國而重一言)」と。ここに、言行一致についての教訓があります。第一に、自ら、掲げた「大義」や、口にした「言葉」を——目先の、大きな利益(一国の領土)と、引き換えに、(都合よく、)捨ててしまえば——その者は、二度と、人々に、大義を、語る資格を、失うということ(後何以令於天下)。第二に、そして、真に、優れたリーダーは——目先の、莫大な利益よりも、自らの、(口にした)一言の、重みを、選ぶ(輕千乘之國而重一言)。それが、長い目で見た、最大の、信用を、生む。第三に、皆が、こぞって、祝賀する中で——ただ一人、(空気を読まず、)「それは、筋が違う」と、諫めた、申叔時の、勇気。そして、その一人の言葉に、即座に、従った、荘王の、器。組織や経営で、自ら掲げた大義や口にした言葉を目先の大きな利益と引き換えに捨てれば二度と大義を語る資格を失うと知ること、目先の莫大な利益より自らの一言の重みを選ぶことが最大の信用を生むと理解すること、そして皆が祝賀する中で一人筋を諫める勇気とそれに従う器を持つこと——荘王の陳の復興は、言行一致の気高さを教えます。