新序 / 雜事第一
晉平公浮西河,中流而歎曰:「嗟乎!安得賢士與共此樂者船人固桑進對曰:「君言過矣。夫劒産於越,珠産江漢,玉産崑山,此三寶者,皆無足而至,今君苟好士,則賢士至矣。」平公曰:「固桑,來。吾門下食客者三千餘人,朝食不足,暮收市租;暮食不足,朝收市租,吾尚可謂不好士乎?」固桑對曰:「今夫鴻鵠髙飛沖天,然其所恃者六翮耳。夫腹下之毳,背上之毛,増去一把,飛不為髙下。不知君之食客,六翮邪將腹背之毳也?」平公黙然而不應焉。
新字:晋平公浮西河,中流而嘆曰:「嗟乎!安得賢士与共此楽者船人固桑進対曰:「君言過矣。夫劒産於越,珠産江漢,玉産崑山,此三宝者,皆無足而至,今君苟好士,則賢士至矣。」平公曰:「固桑,来。吾門下食客者三千余人,朝食不足,暮収市租;暮食不足,朝収市租,吾尚可謂不好士乎?」固桑対曰:「今夫鴻鵠高飛沖天,然其所恃者六翮耳。夫腹下之毳,背上之毛,増去一把,飛不為高下。不知君之食客,六翮邪将腹背之毳也?」平公黙然而不応焉。
書き下し
晉の平公西河に浮かぶ。中流にして歎じて曰く、嗟乎、安くにか賢士を得て與に此の樂しみを共にせん、と。船人固桑進みて對えて曰く、君の言過てり。夫れ劍は越に産し、珠は江漢に産し、玉は崑山に産す。此の三寶は、皆な足無くして至る。今君苟くも士を好まば、則ち賢士至らん、と。平公曰く、固桑、來たれ。吾が門下の食客たる者三千餘人。朝食足らざれば暮に市租を收め、暮食足らざれば朝に市租を收む。吾尚お士を好まずと謂う可きか、と。固桑對えて曰く、今夫れ鴻鵠高く飛びて天を沖く。然れども其の恃む所の者は六翮のみ。夫れ腹下の毳、背上の毛は、一把を増し去るとも、飛ぶこと高下を爲さず。知らず、君の食客は、六翮か將た腹背の毳か、と。平公黙然として應ぜず。
現代語訳
晋の平公が西河に舟を浮かべた。流れの半ばで嘆いて言った。「ああ、どこで賢士を得て、ともにこの楽しみを分かち合えようか」。船頭の固桑が進み出て答えた。「君のお言葉は誤っております。そもそも剣は越で産し、珠は長江・漢水で産し、玉は崑崙山で産します。この三つの宝は、いずれも足がないのにやって来ます。いま君がまことに士をお好みになるなら、賢士はやって来ましょう」。平公は言った。「固桑、こちらへ来い。わが門下の食客は三千余人いる。朝の食事が足りなければ夕に市の税を取り立て、夕の食事が足りなければ朝に市の税を取り立てている。それでも私が士を好まないと言えるか」。固桑は答えた。「いま、鴻鵠が高く飛んで天を衝きます。しかしそれが頼りにしているのは六枚の風切羽だけです。腹の下の綿毛、背の上の毛は、ひとつかみ増やしても減らしても、飛ぶ高さは変わりません。存じませんが、君の食客は、風切羽でしょうか、それとも腹と背の綿毛でしょうか」。平公は黙って答えなかった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『政談』譜代者の事武家の残らす出替り者になりたるに、又浮気なるものはつりびん奴手ふりを好むゆゑ、供一べんと云ふこと中比より出来す、昔は普請なとするに日用をやとうことなし、皆手前の中間若党に普請土手つきをさする、親類知る人よりも家来を貸して普請をさする故もの入りなし、大名は足軽中間幷に家中の家来を普請につかふ、公儀の御普請にも旗本の家来を出して日用召しつかはるゝことなり、是等は某祖父の時代又父か若き時の咄しにて承はりたり、祖父普請を仕りたるに、細川玄蕃頭有馬左衛門佐中間を貸したる咄し祖母の物語りにて承はりたり、
-
『徂徠先生答問書』卷中されば人々如此心懸候故、見え兼るもことわりにて候。足下も御先祖様の時代の事御聞可被成候。今の世より見候へば、其時分に名を申候能人と申候は皆疵物にて候。是別の子細に無御座候。其時分はぬり隠し申候事無御座候故、疵見え申候。疵見え申候得ば、人才は見え申候。今時も世上の悪俗に染不申候人は疵多く御座候間、疵物にならでは人才はなき物と被思召、疵物の内にて御ゑらび可被成候。疵もなく才も長じ候人を御尋候はゞ、最前申候御物ずきの注文と申物にて、疵なき人は郷原か巧言令色か扨は庸人と可被思召候。以上。
-
尉繚子・武議兵を起こして直ちに甲冑をして蟣蝨(きしつ)を生ぜしむる者は、必ず吾が効用を為す所なり。鷙鳥の雀を逐ふに、人の懐を襲ひ、人の室に入る者有るは、生を出だすに非ざるなり、後ろに憚る有ればなり。太公望、年七十にして、牛を朝歌に屠り、食を盟津に売り、七十余を過ぐるも主聴かず、人人之を狂夫と謂ふなり。文王に遇ふに及びては、則ち三万の衆を提げ、一戦して天下定まる、武議に非ずんば安くんぞ能く此に合はんや。故に曰く、
-
『政談』官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事且又役人を年久しく役換をさせねは、述懐することなく、其の役に器量相応にて、能く役儀のことを取り捌く人を外の役に替ふることは惜きことなり、是によりて一役に久しく仕置きて役換を申付ぬ時、加增か官位この外仕方なし、是上より下へ賜はりて下たるものに、勇まする道具少き故人を使ふに行支なるなり、町奉行、盗賊奉行なとをする人、役儀を能く勤めて外の役に換へ措しけれと、加增も度々はやられす、是非なく大目付などに役換をさせて、外の人を後役に申付たるとき、幾人申付けても初め大目付に役換をさせたる人の如き人なからんとき、又其人を元役に返すこと後へ歩むことなれは申付け難し、是は譬なり、外の役儀にも箇様なることあるへし、此差支皆な一役一席に立てたるより起りたるなり、
-
『韓非子』難二第三十七桓公曰く、「吾聞く、人に君たる者は人を索むるに労し、人を使うに佚すと。吾仲父を得ること已に難し。仲父を得るの後、何為れぞ易からざらんや。」
-
『甲陽軍鑑』品第十四一上の剛强成る男の仕形は、平生も陣の時は猶ほ以て人にもかまはず働き、前にも我しはざを分別にて工夫し、其塲へ出ては機のきいたる才覚を以て手抦をせんと思ふより、人にも一円搆はぬ者なり、二中の機のきいたる男は上の人に負けまじと機をきいて馳り廻り、上の人におとりて見へぬ者なり、三下の男は只の儀もなく上中の人がゆかば、我等もまいらんとて、ふたりの人に目をつけてつきそひまはる者なり、四其外の男は皆人なみと申すなり、上の男は侍百人の中にふたり、中の男は百人の内に六人、下の男は百人の中に十二人、残て八十人は並なり、

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る