新序 / 雜事第一
景公謂晏子曰:「晉大國也,使人來,將觀吾政也。今子怒大國之使者,將柰何?」晏子曰:「夫范昭之為人,非陋而不識禮也,且欲試吾君臣,故絶之也。」景公謂太師曰:「子何以不為客調成周之樂乎?」太師對曰:「夫成周之樂,天子之樂也,若調之,必人主舞之。今范昭人臣也,而欲舞天子之樂,臣故不為也。」范昭歸以告平公曰:「齊未可伐也。臣欲試其君,而晏子識之;臣欲犯其禮,而太師知之。」仲尼聞之曰:「夫不出於樽爼之間,而知千里之外。」其晏子之謂也。可謂折衝矣,而太師其與焉。
新字:景公謂晏子曰:「晉大国也,使人来,将観吾政也。今子怒大国之使者,将柰何?」晏子曰:「夫范昭之為人,非陋而不識礼也,且欲試吾君臣,故絶之也。」景公謂太師曰:「子何以不為客調成周之楽乎?」太師対曰:「夫成周之楽,天子之楽也,若調之,必人主舞之。今范昭人臣也,而欲舞天子之楽,臣故不為也。」范昭帰以告平公曰:「斉未可伐也。臣欲試其君,而晏子識之;臣欲犯其礼,而太師知之。」仲尼聞之曰:「夫不出於樽爼之間,而知千里之外。」其晏子之謂也。可謂折衝矣,而太師其与焉。
書き下し
景公晏子に謂いて曰く、晉は大國なり。人を使わして來たらしむるは、將に吾が政を觀んとするなり。今子大國の使者を怒らしむ。將に柰何せんとする、と。晏子曰く、夫れ范昭の人と爲り、陋にして禮を識らざるに非ざるなり。且つ吾が君臣を試みんと欲す。故に之を絶ちしなり、と。景公太師に謂いて曰く、子何を以て客の爲に成周の樂を調べざりしか、と。太師對えて曰く、夫れ成周の樂は天子の樂なり。若し之を調ぶれば、必ず人主之を舞う。今范昭は人臣なり。而して天子の樂を舞わんと欲す。臣故に爲さざるなり、と。范昭歸りて以て平公に告げて曰く、齊は未だ伐つ可からざるなり。臣其の君を試みんと欲するに、晏子之を識れり。臣其の禮を犯さんと欲するに、太師之を知れり、と。仲尼之を聞きて曰く、夫れ樽俎の間を出でずして、千里の外を知る、と。其れ晏子の謂いなり。折衝と謂う可し。而して太師も其れ與れり。
現代語訳
景公は晏子に言った。「晋は大国である。人をよこしたのは、わが政を見ようというのだ。いまそなたは大国の使者を怒らせた。どうするつもりか」。晏子は言った。「そもそも范昭の人となりは、卑しくて礼を知らないというのではありません。わが君臣を試そうとしたのです。だから断ち切ったのです」。景公は楽長に言った。「そなたはなぜ客のために成周の楽を奏でなかったのか」。楽長は答えた。「そもそも成周の楽は天子の楽です。もしこれを奏でれば、必ず君主がこれを舞います。いま范昭は人の臣です。それなのに天子の楽を舞おうとしました。だから臣はしなかったのです」。范昭は帰って平公に告げた。「斉はまだ伐つべきではありません。臣がその君を試そうとすると、晏子がそれを見抜きました。臣がその礼を犯そうとすると、楽長がそれを知っていました」。孔子はこれを聞いて言った。「酒樽と俎の間を出ないままで、千里の外のことを決する」。晏子のことである。敵の攻撃をくじいたというべきである。そして楽長もこれにあずかっている。
解説
この章句が説くこと
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説苑・奉使蔡師強・王堅をして楚に使いせしむ。楚王之を聞きて曰く、「人の名章章たる者多し、獨り師強王堅と爲すか。」趣かに之に見えんとし、次を以てせず、其の人の狀を視るに、其の名を疑いて其の聲を醜しとし、又た其の形を惡む。楚王大いに怒りて曰く、「今蔡人無きか。國伐つべきなり。人有りて遣わさざるか。國伐つべきなり。端に此を以て寡人を誡むるか。國伐つべきなり。」故に二使を發するに、三たび伐たんと謀る者を見る、蔡なり。
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孫子・謀攻篇故に上兵は謀を伐つ。その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。
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孔子家語・辯物呉王夫差、将に哀公と与に晋侯に見えんとす。子服景伯、使者に対えて曰わく、「王諸侯を合すれば、則ち伯侯牧を率いて以て王に見う。伯諸侯を合すれば、則ち侯子男を率いて以て伯に見う。今諸侯会するに、君と寡君と晋君に見えば、則ち晋成りて伯と為らん。且つ執事伯を以て諸侯を召し、而して侯を以て之れを終うれば、何の利か之れ有らん。」呉人乃ち止む。既にして之れを悔い、遂に景伯を囚う。伯、大宰嚭に謂いて曰わく、「魯将に十月上辛を以て、上帝に事有らんとす、先王季辛にして畢わる。何ぞや、世に職有り、襄より已来之れを改む。若し其れ会せずんば、則ち祝宗将に曰わん、呉実に然りと。」嚭夫差に言い、之れを帰す。子貢之れを聞き、孔子に見えて曰わく、「子服氏の子、説くに拙し。実を以て囚を獲、詐を以て免るるを得たり。」孔子曰わく、「呉子は夷為り、徳は欺く可くして実を以てす可からず。是れ聴く者の蔽いにして、説く者の拙きに非ざるなり。」
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戦国策・齊攻宋宋使臧子索救於荊斉、宋を攻む。宋、臧子をして救いを荊に索めしむ。荊王大いに説び、救うことを許すこと甚だ勧む。臧子憂えて反る。其の御曰く、「救いを索めて得たり、憂色有るは何ぞや」と。臧子曰く、「宋は小にして斉は大なり。夫れ小宋を救いて大斉に悪まるるは、此れ王の憂うる所なり。而るに荊王説ぶこと甚だし。必ず以て我を堅くせん。我堅くして斉弊るれば、荊の利なり」と。臧子乃ち帰る。斉王果たして攻め、宋の五城を抜くも、荊王至らず。
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