新序 / 雜事第一
晉平公欲伐齊,使范昭往觀焉。景公賜之酒,酣,范昭曰:「願請君之樽酌。」公曰:「酌寡人之樽,進之於客。」范昭已飲,晏子曰:「徹樽更之,罇觶具矣。」范昭佯醉,不悦而起舞,謂太師曰:「能為我調成周之樂乎?吾為子舞之。」太師曰:「冥臣不習。」范昭趨而出。
新字:晉平公欲伐斉,使范昭往観焉。景公賜之酒,酣,范昭曰:「願請君之樽酌。」公曰:「酌寡人之樽,進之於客。」范昭已飲,晏子曰:「徹樽更之,罇觶具矣。」范昭佯酔,不悦而起舞,謂太師曰:「能為我調成周之楽乎?吾為子舞之。」太師曰:「冥臣不習。」范昭趨而出。
書き下し
晉の平公齊を伐たんと欲し、范昭をして往きて觀しむ。景公之に酒を賜う。酣にして范昭曰く、願わくは君の樽の酌を請わん、と。公曰く、寡人の樽に酌みて之を客に進めよ、と。范昭已に飲む。晏子曰く、樽を徹して之を更めよ。罇觶具われり、と。范昭醉を佯り、悦ばずして起ちて舞い、太師に謂いて曰く、能く我が爲に成周の樂を調べんか。吾子の爲に之を舞わん、と。太師曰く、冥臣は習わず、と。范昭趨りて出づ。
現代語訳
晋の平公が斉を伐とうとして、范昭をやって様子を見させた。景公は酒を賜った。酒がたけなわになったとき、范昭は言った。「どうか君の杯でお酌をいただきたい」。景公は言った。「私の杯に酌いで、客人に差し上げよ」。范昭はそれで飲んだ。晏子は言った。「その杯を下げて取り替えよ。杯は他にも揃っている」。范昭は酔ったふりをし、不機嫌そうに立ち上がって舞い、楽長に言った。「私のために成周の楽を奏でてもらえまいか。私はあなたのために舞おう」。楽長は言った。「目の見えぬ私はそれを習っておりません」。范昭は足早に出て行った。
解説
偵察に来た使者が、酒席で二つ仕掛けています。一つ目は君主の杯を求めること。どうか君の杯でお酌をいただきたい。君主が許してしまったところへ、晏子が割り込みました。その杯を下げて取り替えよ。二つ目は天子の楽を舞わせろという要求で、こちらは楽長が断ります。目の見えぬ私はそれを習っておりません。どちらも表向きは些細な作法の話です。何が試されていたのかは、次の章で明かされます。
この章句が説くこと
晉の平公斉を伐たんと欲し范昭をして往きて観しむ願わくは君の樽の酌を請わん樽を徹して之を更めよ罇觶具われり能く我が為に成周の楽を調べんか吾子の為に之を舞わん外交試し
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