新序 / 雜事第一
孫叔敖為嬰兒之時,出遊,見兩頭蛇,殺而埋之,歸而泣。其母問其故,叔敖對曰:「聞見兩頭之蛇者死,嚮者吾見之,恐去母而死也。」其母曰:「蛇今安在?」曰:「恐他人又見,殺而埋之矣。」其母曰:「吾聞有隂徳者,天報以福,汝不死也。」及長,為楚令尹,未治而國人信其仁也。
新字:孫叔敖為嬰児之時,出遊,見両頭蛇,殺而埋之,帰而泣。其母問其故,叔敖対曰:「聞見両頭之蛇者死,嚮者吾見之,恐去母而死也。」其母曰:「蛇今安在?」曰:「恐他人又見,殺而埋之矣。」其母曰:「吾聞有陰徳者,天報以福,汝不死也。」及長,為楚令尹,未治而国人信其仁也。
書き下し
孫叔敖嬰兒爲りし時、出で遊びて兩頭の蛇を見る。殺して之を埋め、歸りて泣く。其の母其の故を問う。叔敖對えて曰く、聞くならく、兩頭の蛇を見る者は死すと。嚮に吾之を見たり。母を去りて死せんことを恐るるなり、と。其の母曰く、蛇今安くに在りや、と。曰く、他人の又た見んことを恐れ、殺して之を埋めたり、と。其の母曰く、吾聞く、陰德有る者は、天報ゆるに福を以てす、と。汝死せざるなり、と。長ずるに及び、楚の令尹と爲る。未だ治めずして國人其の仁を信ぜり。
現代語訳
孫叔敖が子どものころ、外に遊びに出て双頭の蛇を見た。それを殺して埋め、家に帰って泣いた。母がそのわけを問うた。叔敖は答えて言った。「聞くところでは、双頭の蛇を見た者は死ぬそうです。さきほど私はそれを見ました。母上を置いて死ぬことになるのが恐ろしいのです」。母は言った。「その蛇は今どこにいるのか」。答えた。「他の人がまた見てしまうのを恐れて、殺して埋めてきました」。母は言った。「私はこう聞いている。人知れず徳を積む者には、天が福でむくいる、と。お前は死なない」。成長して、楚の令尹となった。まだ何も治めないうちから、国じゅうの人がその仁を信じた。
解説
この章句が説くこと
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