新序 / 雜事第一
孔子在州里,篤行孝道,居於闕黨,闕黨之子弟畋漁,分有親者得多,孝以化之也。是以七十二子自逺方至,服從其徳。魯有沈猶氏者,旦飲羊飽之,以欺市人;公慎氏有妻而淫;慎潰氏奢侈驕佚;魯市之鬻牛馬者善豫賈。孔子將為魯司寇,沈猶氏不敢朝飲其羊,公慎氏出其妻,慎潰氏踰境而徙,魯之鬻馬牛不豫賈,布正以待之也。既為司寇,季孟墮郈費之城,齊人歸所侵魯之地,由積正之所致也。故曰:「其身正,不令而行。」
新字:孔子在州里,篤行孝道,居於闕党,闕党之子弟畋漁,分有親者得多,孝以化之也。是以七十二子自遠方至,服従其徳。魯有沈猶氏者,旦飲羊飽之,以欺市人;公慎氏有妻而淫;慎潰氏奢侈驕佚;魯市之鬻牛馬者善予賈。孔子将為魯司寇,沈猶氏不敢朝飲其羊,公慎氏出其妻,慎潰氏踰境而徙,魯之鬻馬牛不予賈,布正以待之也。既為司寇,季孟堕郈費之城,斉人帰所侵魯之地,由積正之所致也。故曰:「其身正,不令而行。」
書き下し
孔子州里に在り、孝道を篤行し、闕黨に居る。闕黨の子弟畋漁するに、分かつに親有る者多きを得たり。孝以て之を化せしなり。是を以て七十二子遠方より至り、其の德に服從す。魯に沈猶氏なる者有り、旦に羊に飲ませて之を飽かし、以て市人を欺く。公慎氏は妻有りて淫す。慎潰氏は奢侈驕佚す。魯市の牛馬を鬻ぐ者は善く賈を豫る。孔子將に魯の司寇と爲らんとするや、沈猶氏敢えて朝に其の羊に飲ませず、公慎氏は其の妻を出だし、慎潰氏は境を踰えて徙り、魯の馬牛を鬻ぐもの賈を豫らず。正を布きて以て之を待てばなり。既に司寇と爲り、季孟郈費の城を墮ち、齊人侵す所の魯の地を歸す。正を積むの致す所に由るなり。故に曰く、其の身正しければ、令せずして行わる、と。
現代語訳
孔子は郷里にあって孝の道を篤く行い、闕党に住んでいた。闕党の若者たちが狩りや漁をすると、獲物を分けるのに親のいる者が多く取るようになった。孝がこれを感化したのである。そのために七十二人の弟子が遠方から集まり、その徳に従った。魯に沈猶氏という者がいて、朝に羊へ水を飲ませて腹を膨らませ、市の人を欺いていた。公慎氏は妻がありながらみだらであった。慎潰氏は贅沢で驕り高ぶっていた。魯の市で牛馬を売る者は、うまく値をつり上げていた。孔子が魯の司寇になろうとすると、沈猶氏は朝に羊へ水を飲ませなくなり、公慎氏は妻を離縁し、慎潰氏は国境を越えて移り去り、魯の馬牛を売る者は値をつり上げなくなった。正しさを敷いて待っていたからである。司寇になってからは、季孫・孟孫が郈と費の城を壊し、斉の人は侵略した魯の土地を返した。正しさを積み重ねたことがもたらしたのである。だから言う、「その身が正しければ、命令しなくても行われる」。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』魯問魯陽文君、将に鄭を攻めんとす。子墨子、聞きて之を止め、陽文君に謂いて曰く、「今、魯の四境の内をして、大都、其の小都を攻め、大家、其の小家を伐ち、其の民を殺し、人、其の牛馬狗豕布帛米粟貨財を取らしめば、則ち何若」と。魯陽文君曰く、「魯の四境の内は、皆な寡人の臣なり。今、大都、其の小都を攻め、大家、其の小家を伐ち、之が貨財を奪わば、則ち寡人、必ず将に厚く之を罰せんとす」と。子墨子曰く、「夫れ天の兼ねて天下を有つや、亦た猶お君の四境の内を有つがごときなり。今、兵を舉げて将に以て鄭を攻めんとす。天の誅、其れ至らざらんや」と。魯陽文君曰く、「先生、我が鄭を攻むるを止むるか。我が鄭を攻むるは天の志に順う。鄭人、三世、其の父を殺す。天、誅を加えて、三年、登らざらしむ。我れ将に天の誅を助けんとす」と。子墨子曰く、「鄭人、三世、其の父を殺して、天、誅を加え、三年、登らざらしむ。天の誅、足れり。今、又た兵を舉げて将に以て鄭を攻めんとして、曰く、『吾が鄭を攻むるや、天の志に順う』と。譬えば人、此に有り。其の子、强梁にして不材なり。故に其の父、之を笞つ。其の鄰家の父、木を舉げて之を擊ちて曰く、『吾れ之を擊つや、其の父の志に順う』と。則ち豈に悖らざらんや」と。
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