新語 / 道基
於是先聖乃仰觀天文,俯察地理,圖畫乾坤,以定人道,民始開悟,知有父子之親,君臣之義,夫婦之別,長幼之序。於是百官立,王道乃生。民人食肉飲血,衣皮毛;至於神農,以為行蟲走獸,難以養民,乃求可食之物,嘗百草之實,察酸苦之味,教人食五穀。天下人民,野居穴處,未有室屋,則與禽獸同域。於是黃帝乃伐木搆材,築作宮室,上棟下宇,以避風雨。民知室居食穀,而未知功力。於是后稷乃列封疆,畫畔界,以分土地之所宜;辟土殖穀,以用養民;種桑麻,致絲枲,以蔽形體。當斯之時,四瀆未通,洪水為害;禹乃決江疏河,通之四瀆,致之於海,大小相引,高下相受,百川順流,各歸其所,然後人民得去高險,處平土。
新字:於是先聖乃仰観天文,俯察地理,図画乾坤,以定人道,民始開悟,知有父子之親,君臣之義,夫婦之別,長幼之序。於是百官立,王道乃生。民人食肉飲血,衣皮毛;至於神農,以為行虫走獣,難以養民,乃求可食之物,嘗百草之実,察酸苦之味,教人食五穀。天下人民,野居穴処,未有室屋,則与禽獣同域。於是黄帝乃伐木搆材,築作宮室,上棟下宇,以避風雨。民知室居食穀,而未知功力。於是后稷乃列封疆,画畔界,以分土地之所宜;辟土殖穀,以用養民;種桑麻,致糸枲,以蔽形体。当斯之時,四瀆未通,洪水為害;禹乃決江疏河,通之四瀆,致之於海,大小相引,高下相受,百川順流,各帰其所,然後人民得去高険,処平土。
書き下し
是に於て先聖乃ち天文を仰ぎ観、地理を俯して察し、乾坤を図画し、以て人道を定む。民始めて開悟し、父子の親、君臣の義、夫婦の別、長幼の序有るを知る。是に於て百官立ち、王道乃ち生ず。民人は肉を食らい血を飲み、皮毛を衣る。神農に至りて、以為らく、行虫走獣は、以て民を養い難しと。乃ち食う可きの物を求め、百草の実を嘗め、酸苦の味を察し、人に五穀を食らうを教う。天下の人民、野に居り穴に処り、未だ室屋有らず、則ち禽獣と域を同じくす。是に於て黄帝乃ち木を伐り材を構え、宮室を築作し、棟を上げ宇を下し、以て風雨を避く。民は室居し穀を食らうを知りて、未だ功力を知らず。是に於て后稷乃ち封疆を列ね、畔界を画し、以て土地の宜しき所を分つ。土を辟き穀を殖え、以て民を養うに用う。桑麻を種え、糸枲を致し、以て形体を蔽う。斯の時に当たり、四瀆未だ通ぜず、洪水害を為す。禹乃ち江を決し河を疏し、之を四瀆に通じ、之を海に致す。大小相引き、高下相受け、百川順流し、各々其の所に帰る。然る後、人民高険を去りて平土に処るを得たり。
現代語訳
そこで古の聖人は、仰いで天文を観、俯して地理を察し、乾と坤の象を描いて、人の道を定めました。民は初めて目覚め、父子の親しみ、君臣の義、夫婦の別、長幼の序があることを知りました。ここに百官が立ち、王道が生まれました。民は肉を食らい血を飲み、獣の皮や毛を着ていました。神農の代になって、歩く虫や走る獣では民を養いにくいと考え、食べられる物を探して百草の実をなめ、酸い苦いの味を見分け、人に五穀を食べることを教えました。天下の人々は野にいて穴に住み、まだ家がなく、鳥獣と同じ場所で暮らしていました。そこで黄帝は木を切り材を組み、宮室を築き、棟を上げ軒を下ろして風雨を避けました。民は家に住み穀物を食べることは知りましたが、まだ仕事の力を知りませんでした。そこで后稷が境界を並べ、畔や境を画して、土地の向き不向きを分けました。土地を開いて穀物を植え、民を養うのに使い、桑や麻を植えて糸と布を得、体を覆わせました。この時、四つの大河はまだ通じず、洪水が害をなしていました。禹は江を切り開き河を疏し、四つの大河に通じさせて海に至らせました。大小の流れが引き合い、高低が受け継ぎ、あらゆる川が順に流れてそれぞれの帰る所に行き、その後ようやく人々は高く険しい所を離れ、平らな土地に住めるようになりました。
解説
この章句が説くこと
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孟子・滕文公章句上人に治めらるる者は人を食ひ、人を治むる者は人に食はる。天下の通義なり。」「堯の時に当たりて、天下猶ほ未だ平らかならず。洪水横流し、天下に氾濫す。草木暢茂し、禽獣繁殖す。五穀登らず、禽獣人に偪る。獣蹄鳥跡の道、中国に交はる。堯独り之を憂へ、舜を挙げて治を敷かしむ。舜益をして火を掌らしむ。益山沢を烈しくして之を焚き、禽獣逃れ匿る。禹九河を疏し、済・漯を瀹ひて諸を海に注ぎ、汝・漢を決し、淮・泗を排して、之を江に注ぐ。然る後に中国得て食ふ可きなり。是の時に当たりてや、禹八年外に於て、三たび其の門を過ぐれども入らず。耕さんと欲すと雖も、得んや。」「后稷民に稼穡を教へ、五穀を樹芸す。五穀熟して民人育つ。人の道有るや、飽食煖衣、逸居して教へ無ければ、則ち禽獣に近し。聖人之を憂ふる有り、契をして司徒と為し、教ふるに人倫を以てせしむ。父子親有り、君臣義有り、夫婦別有り、長幼序有り、朋友信有り。放勛曰く、『之を労ひ之を来たし、之を匡し之を直くし、之を輔け之を翼け、自ら之を得しめ、又従ひて之を振徳す』と。聖人の民を憂ふること此くの如し。而して耕すに暇あらんや。」「堯は舜を得ざるを以て己が憂ひと為し、舜は禹・皋陶を得ざるを以て己が憂ひと為す。夫れ百畝の易まらざるを以て己が憂ひと為す者は、農夫なり。人に分かつに財を以てする、之を恵と謂ひ、人に教ふるに善を以てする、之を忠と謂ひ、天下の為に人を得る者、之を仁と謂ふ。是の故に天下を以て人に与ふるは易く、天下の為に人を得るは難し。孔子曰く、『大なるかな、堯の君たるや。惟だ天を大なりと為す、惟だ堯之に則る。蕩蕩乎として民能く名づくる無し。君なるかな舜や。巍巍乎として天下を有ちて与らず』と。堯舜の天下を治むる、豈に其の心を用ふる所無からんや。亦た耕すに用ひざるのみ。」「吾夏を用ひて夷を変ずる者を聞くも、未だ夷に変ぜらるる者を聞かざるなり。
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五行大義・第二十一論五帝易経は乃ち上は伏羲を取り、下は虞舜に至り、中間の三帝を言わざるは、その因修して造作する所無きを以てなり。何を以てか之を言うを得ん。故に論ぜざるなり。大昊帝庖羲は、姓は風なり。母は華胥(かしょ)、大人の跡を履(ふ)みて成紀に生まる。蛇身人首にして、木徳を以て天下に王たり、百王の先たり。易に曰く、帝は震に出づ、と。震は木、東方にして、春を主り、日の明に象る、故に太昊と曰う。亀文に因象して八卦を画き、罔罟(もうこ)を為りて以て田漁す。古は人畜相食み、害を為す者多し。帝は蜘蛛の網を観て、民に犠牲を取りて以て庖厨に充つることを教う。故に庖犠と曰う。是れを羲皇と謂う。後世音謬りて、之を伏犠と謂い、或いは宓羲(ふくぎ)と云う。一に雄皇氏と号す。孝経鉤命決に云う、伏羲は日角珠衡にして勝を戴く、と。礼含文嘉に云う、伏羲の徳上下に洽(あまね)く、天は応ずるに鳥獣の文章を以てし、地は応ずるに亀書を以てす。伏羲則(のっと)り象りて、八卦を作る、と。炎帝神農氏は、姓は姜。母は任姒(じんじ)、名は女登、神竜に感じて帝を常羊に生む。人身牛首にして、火を以て木を承け、南方に位し、夏を主る、故に炎帝と曰う。耒耜(らいし)を作り、始めて民に耕農を教う。嘗めて草木を別ち、人をして穀を食わしめ以て犠牲の命に代う、故に神農と号す。一に魁隗(かいかい)氏と号す。是れを農皇と為す。礼含文嘉に云う、神農田道を作り、耒耜に就く。天は応ずるに嘉禾を以てし、地は出だすに醴泉を以てす、と。黄帝軒轅氏は、姓は姫。母は附宝、大電光の北斗の枢星を繞(めぐ)り、明らかに郊野を照らすを見、感じて帝を寿丘に生む。土を以て火を承け、位は中央に在り、故に黄帝と曰う。五気を治め、五帝を設け、始めて衣裳を垂れ、舟車を作り、屋宇を造る。古は巣居穴処す。黄帝之に易(か)うるに上棟下宇を以てし、以て風雨を蔽う。故に軒轅と号す。亦云う、
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荘子・盗跖且つ吾之を聞く。古者(いにしえ)禽獣多くして人少なし。是に於いて民は皆な巣居して以て之を避く。昼は橡栗(しょうりつ)を拾い、暮には木上に栖(す)む。故に之を命(な)づけて有巣氏の民と曰う。古者、民は衣服を知らず。夏は多く薪を積み、冬は則ち之を煬(あぶ)る。故に之を命づけて知生の民と曰う。神農の世、臥せば則ち居居(きょきょ)たり、起てば則ち于于(うう)たり。民は其の母を知りて、其の父を知らず。麋鹿(びろく)と共に処り、耕して食らい、織りて衣る。相害するの心有る無し。此れ至徳の隆(さか)んなるなり。然り而して黄帝は徳を致す能わず、蚩尤(しゆう)と涿鹿(たくろく)の野に戦い、血を流すこと百里なり。堯・舜作(お)こり、群臣を立つ。湯は其の主を放ち、武王は紂を殺す。是より後、強きを以て弱きを陵(しの)ぎ、衆を以て寡を暴(そこな)う。湯・武より以来、皆な乱人の徒なり。
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新語・道基伝に曰く、「天は万物を生じ、地を以て之を養い、聖人之を成す」と。功徳参合して、道術生ず。故に曰く、日月を張り、星辰を列ね、四時を序し、陰陽を調え、気を布き性を治め、次いで五行を置く。春は生じ夏は長じ、秋は収め冬は蔵す。陽は雷電を生じ、陰は霜雪を成す。群生を養育し、一は茂り一は亡ぶ。之を潤すに風雨を以てし、之を曝すに日光を以てし、之を温むるに節気を以てし、之を降すに殞霜を以てし、之を位するに衆星を以てし、之を制するに斗衡を以てし、之を苞むに六合を以てし、之を羅ぬるに紀綱を以てし、之を改むるに災変を以てし、之に告ぐるに禎祥を以てし、之を動かすに生殺を以てし、之を悟らしむるに文章を以てす。故に天に在る者は見る可く、地に在る者は量る可く、物に在る者は紀す可く、人に在る者は相る可し。故に地は五嶽を封じ、四瀆を画し、洿沢を規り、水泉を通じ、物を樹え類を養い、万根を苞植し、形を暴し精を養い、以て群生を立つ。天時に違わず、物性を奪わず、其の情を蔵さず、其の詐を匿さず。故に天を知る者は仰ぎて天文を観、地を知る者は俯して地理を察す。跂行喘息、蜎飛蠕動の類、水に生じ陸に行き、根著き葉長ずるの属、其の心を寧んじ其の性を安んずるが為にして、蓋し天地相承け、気感じ相応じて成る者なり。
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『商君書』画策昔者、昊英の世は、木を伐り獸を殺すを以てす。人民少なくして木獸多ければなり。黃帝の世は、麛せず卵せず、官に供備の民無く、死して槨を用うるを得ず。事同じからざるも、皆な王者たるは、時の異なればなり。神農の世は、男は耕して食い、婦は織りて衣、刑政用いずして治まり、甲兵起こらずして王たり。神農既に沒し、彊を以て弱に勝ち、眾を以て寡を暴す。故に黃帝は君臣上下の義、父子兄弟の禮、夫婦妃匹の合を作為し、內には刀鋸を行い、外には甲兵を用う。故に時の變ずればなり。
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