荘子 / 盗跖
且吾聞之:古者禽獸多而人少,於是民皆巢居以避之,晝拾橡栗,暮栖木上,故命之曰有巢氏之民。古者民不知衣服,夏多積薪,冬則煬之,故命之曰知生之民。神農之世,臥則居居,起則于于,民知其母,不知其父,與麋鹿共處,耕而食,織而衣,無有相害之心,此至德之隆也。然而黃帝不能致德,與蚩尤戰於涿鹿之野,流血百里。堯、舜作,立群臣,湯放其主,武王殺紂。自是之後,以強陵弱,以眾暴寡。湯、武以來,皆亂人之徒也。
新字:且吾聞之:古者禽獣多而人少,於是民皆巣居以避之,昼拾橡栗,暮栖木上,故命之曰有巣氏之民。古者民不知衣服,夏多積薪,冬則煬之,故命之曰知生之民。神農之世,臥則居居,起則于于,民知其母,不知其父,与麋鹿共処,耕而食,織而衣,無有相害之心,此至徳之隆也。然而黄帝不能致徳,与蚩尤戦於涿鹿之野,流血百里。堯、舜作,立群臣,湯放其主,武王殺紂。自是之後,以強陵弱,以眾暴寡。湯、武以来,皆乱人之徒也。
書き下し
且つ吾之を聞く。古者(いにしえ)禽獣多くして人少なし。是に於いて民は皆な巣居して以て之を避く。昼は橡栗(しょうりつ)を拾い、暮には木上に栖(す)む。故に之を命(な)づけて有巣氏の民と曰う。古者、民は衣服を知らず。夏は多く薪を積み、冬は則ち之を煬(あぶ)る。故に之を命づけて知生の民と曰う。神農の世、臥せば則ち居居(きょきょ)たり、起てば則ち于于(うう)たり。民は其の母を知りて、其の父を知らず。麋鹿(びろく)と共に処り、耕して食らい、織りて衣る。相害するの心有る無し。此れ至徳の隆(さか)んなるなり。然り而して黄帝は徳を致す能わず、蚩尤(しゆう)と涿鹿(たくろく)の野に戦い、血を流すこと百里なり。堯・舜作(お)こり、群臣を立つ。湯は其の主を放ち、武王は紂を殺す。是より後、強きを以て弱きを陵(しの)ぎ、衆を以て寡を暴(そこな)う。湯・武より以来、皆な乱人の徒なり。
現代語訳
それに私はこう聞いている。昔は獣が多く人が少なかった。だから人々はみな木の上に巣を作って獣を避けた。昼は橡や栗を拾い、夕方には木の上で寝た。だから『有巣氏の民』と呼ばれた。昔、人々は衣服を知らなかった。夏に薪をたくさん積み、冬にはそれを燃やして暖を取った。だから『生きることを知る民』と呼ばれた。神農の世では、寝る時はゆったりと、起きる時はのんびりと。民は母を知っていたが、父を知らなかった。鹿と一緒に暮らし、耕して食べ、織って着た。互いを害する心などなかった。これこそ至高の徳が盛んだった時代だ。ところが黄帝は徳を全うできず、蚩尤と涿鹿の野で戦い、血は百里を流れた。堯や舜が現れて、家臣の序列を作った。湯王は主君を追放し、武王は紂王を殺した。それ以来、強い者が弱い者を踏みつけ、多数が少数を虐げるようになった。湯王や武王以来、みな世を乱す輩だ。