呻吟語 / 外篇・詞章・文理平通、明順典實
高皇帝所謂文理平通,明順典實者也,今以編造晦澀妄誕放恣之辭為式,悖典甚矣。今之選試官者,必以高科,其高科所中,便非明順典實之文。其典試也,安得不黜明順典實之士乎?人心巧偽,皆此文為之祟耳。噫!是言也,向誰人道?不過仰屋長太息而已。使禮曹禮科得正大光明、執持風力之士,無所畏徇,重一懲創,一兩科後,無劉幾矣。
新字:高皇帝所謂文理平通,明順典実者也,今以編造晦澀妄誕放恣之辞為式,悖典甚矣。今之選試官者,必以高科,其高科所中,便非明順典実之文。其典試也,安得不黜明順典実之士乎?人心巧偽,皆此文為之祟耳。噫!是言也,向誰人道?不過仰屋長太息而已。使礼曹礼科得正大光明、執持風力之士,無所畏徇,重一懲創,一両科後,無劉幾矣。
書き下し
高皇帝の所謂文理平通、明順典實なる者なり。今編造晦澀妄誕放恣の辭を以て式と為すは、典に悖ること甚だし。今の試官を選ぶ者は、必ず高科を以てす。其の高科の中たる所は、便ち明順典實の文に非ず。其の試を典るや、安んぞ明順典實の士を黜けざるを得んや。人心の巧偽は、皆な此の文之が祟りを為すのみ。噫、是の言や、誰人に向かひて道はん。屋を仰ぎて長太息するに過ぎざるのみ。禮曹禮科をして正大光明、風力を執持するの士を得て、畏徇する所無く、重く一たび懲創せしめば、一兩科の後、劉幾無からん。
現代語訳
高皇帝のいわゆる文理が平らかに通じ、明らかで順い典拠が確かなものです。今、作り上げた暗渋で出鱈目で恣なる辞を基準とするのは、典に背くことがはなはだしい。今の試験官を選ぶ者は必ず上位合格者を用います。その上位合格の文は、明らかで順い典拠の確かな文ではありません。その試験を司れば、明らかで順い典拠の確かな士を落とさずにいられるでしょうか。人の心の巧みな偽りは、みなこの文が祟っているのです。ああ、この言葉を誰に向かって言えばよいのでしょう。屋根を仰いで長く溜息をつくだけです。礼部と礼科に正しく大きく光り明るく、気骨を保つ士を得させ、畏れ従うところなく、重く一度懲らしめさせれば、一二回の試験の後に劉幾のような者はいなくなるでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。故に曰く、天に法るに若くは莫し、と。天の行いは廣くして私無く、其の施しは厚くして徳とせず、其の明るきは久しくして衰えず。故に聖王は之に法る。既に天を以て法と為さば、動作有為には、必ず天に度り、天の欲する所は則ち之を為し、天の欲せざる所は則ち止む。
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『墨子』尚賢下子墨子言いて曰く、「天下の王公大人は皆な其の國家の富み、人民の衆く、刑法の治まるを欲す。然れども尚賢を以て政を為して其の國家百姓を治むるを識らず。王公大人、本より尚賢の政を為すの本を失えるなり。若し茍くも王公大人、本より尚賢の政を為すの本を失わば、則ち物を舉げて之に示す毋くんばある能わざらんや。今、若し一諸侯、此に有りて、國家に政を為すや、曰く、『凡そ我が國の能く射御する士は、我れ將に之を賞し貴くせんとす。射御する能わざる士は、我れ將に之を罪し賤しくせんとす』と。若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず能く射御する士は喜び、射御する能わざる士は懼れんと為す。我れ賞して因りて之を誘わん、曰く、『凡そ我が國の忠信の士は、我れ將に之を賞し貴くせんとす。忠信ならざる士は、我れ將に之を罪し賤しくせんとす』と。」
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『墨子』法儀子墨子曰く、天下の事を從むる者は、以て法儀無かる可からず。法儀無くして其の事能く成る者は、有ること無し。士の將相為る者に至ると雖も皆な法有り、百工の事を從むる者に至ると雖も亦た皆な法有り。百工は方を為すに矩を以てし、圜を為すに規を以てし、直きは繩を以てし、正しきは懸を以てす。巧工も不巧工も無く、皆な此の四者を以て法と為す。巧なる者は能く之に中り、不巧なる者は中つる能わずと雖も、放依して以て事を從めば、猶お已に逾えたり。故に百工の事を從むるや、皆な法度有り。今、大なる者は天下を治め、其の次は大國を治むるに、而も法度無し。此れ百工の辯なるに若かざるなり。
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。當に皆な其の父母に法らば奚若ん。天下の父母為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の父母に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の學に法らば奚若ん。天下の學を為す者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の學に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の君に法らば奚若ん。天下の君為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の君に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。故に父母・學・君の三者は、以て治法と為す可き莫し。
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『墨子』尚賢上是の故に古者、聖王の政を為すや言いて曰く、「義ならざれば富まさず、義ならざれば貴くせず、義ならざれば親しまず、義ならざれば近づけず」と。是を以て國の富貴の人、之を聞きて、皆な退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は富貴なり。今、上、義を舉ぐるに貧賤を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。親しき者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は親なり。今、上、義を舉ぐるに親疎を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。近き者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は近なり。今、上、義を舉ぐるに近を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。逺き者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我れ逺きを以て恃む無しと為す。今、上、義を舉ぐるに逺きを辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。逺鄙郊外の臣、門庭の庶子、國中の衆、四鄙の氓人に逮び至るまで、之を聞きて皆な競いて義を為す。
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『墨子』尚同上子墨子言いて曰く、古者、民、始めて生じて未だ刑政有らざる時、盖し其の語、人ごとに義を異にす。是を以て一人なれば則ち一義、二人なれば則ち二義、十人なれば則ち十義。其の人、滋いよ衆ければ、其の義と謂う所の者も亦た滋いよ衆し。是を以て人は其の義を是として、以て人の義を非とす。故に交ごも相い非とし是とするなり。内なる者は父子兄弟、怨惡を作し、離散して相い和合する能わず。天下の百姓、皆な水火毒藥を以て相い虧害し、餘力有るに至るも以て相い勞う能わず。餘財を府列するも以て相い分かたず、良道を隠匿するも以て相い教えず。天下の亂るること、禽獸の若く然り。