呻吟語 / 外篇・詞章・其の式安くにか在る
萬曆丙戌而後,舉業文字如晦夜濃陰封地穴,閉目蒙被滅燈光;又如墓中人說鬼話,顛狂人說風話,伏章人說天話,又如楞嚴孔雀,咒語真言,世道之大妖也。其名家云:「文到人不省得處才中,到自家不省得處才高中。」不重其法,人心日趨於魑魅魍魎矣。或曰:「文章關甚麼人心世道?」嗟嗟!此醉生夢死語也。國家以文取士,非取其文,因文而知其心,因心而知其人,故取之耳。言若此矣,謂其人曰光明正大之君子,吾不信也。且錄其人曰中式,進呈其文曰中式之文,試問其式安在乃?
新字:万暦丙戌而後,舉業文字如晦夜濃陰封地穴,閉目蒙被滅灯光;又如墓中人説鬼話,顛狂人説風話,伏章人説天話,又如楞厳孔雀,咒語真言,世道之大妖也。其名家云:「文到人不省得処才中,到自家不省得処才高中。」不重其法,人心日趨於魑魅魍魎矣。或曰:「文章関甚麼人心世道?」嗟嗟!此酔生夢死語也。国家以文取士,非取其文,因文而知其心,因心而知其人,故取之耳。言若此矣,謂其人曰光明正大之君子,吾不信也。且録其人曰中式,進呈其文曰中式之文,試問其式安在乃?
書き下し
萬曆丙戌より後、舉業の文字は晦夜濃陰の地穴を封ずるが如く、目を閉ぢ被を蒙り燈光を滅するが如し。又た墓中の人の鬼話を說き、顛狂の人の風話を說き、伏章の人の天話を說くが如し。又た楞嚴孔雀の咒語真言の如し。世道の大妖なり。其の名家云ふ、「文は人の省得せざる處に到りて才めて中たり、自家の省得せざる處に到りて才めて高く中たる」と。其の法を重んぜずんば、人心は日に魑魅魍魎に趨かん。或るひと曰く、「文章は甚麼の人心世道に關はらんや」と。嗟嗟、此れ醉生夢死の語なり。國家は文を以て士を取る。其の文を取るに非ず、文に因りて其の心を知り、心に因りて其の人を知る。故に之を取るのみ。言此の若くんば、其の人を謂ひて光明正大の君子と曰ふは、吾信ぜざるなり。且つ其の人を錄して中式と曰ひ、其の文を進呈して中式の文と曰ふ。試みに問ふ、其の式は安くにか在るや。
現代語訳
万暦丙戌より後、科挙の答案は暗い夜の濃い陰が地の穴を塞ぐようで、目を閉じ布団をかぶり灯りを消すようです。また墓の中の人が幽霊の話をし、狂った人が風のような話をし、祭文を奏する人が天の話をするようです。また楞厳経や孔雀経の呪文や真言のようです。世の道の大きな妖です。その名家は言います。文は人が理解できないところまで行って初めて合格し、自分でも理解できないところまで行って初めて上位で合格すると。この法を正さなければ、人の心は日ごとに魑魅魍魎へ向かいます。ある人が言いました。文章が人心と世の道に何の関わりがありますか。ああ、これは酔って生き夢のうちに死ぬ言葉です。国家は文で士を取ります。その文を取るのではなく、文によって心を知り、心によって人を知る。だから取るのです。言葉がこうであって、その人を光り明るくまっすぐな君子だと言うのを、私は信じません。しかもその人を録して合格と言い、その文を奉って合格の文と言います。試しに問います、その式はどこにあるのでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』外篇・詞章・文理平通、明順典實高皇帝の所謂文理平通、明順典實なる者なり。今編造晦澀妄誕放恣の辭を以て式と為すは、典に悖ること甚だし。今の試官を選ぶ者は、必ず高科を以てす。其の高科の中たる所は、便ち明順典實の文に非ず。其の試を典るや、安んぞ明順典實の士を黜けざるを得んや。人心の巧偽は、皆な此の文之が祟りを為すのみ。噫、是の言や、誰人に向かひて道はん。屋を仰ぎて長太息するに過ぎざるのみ。禮曹禮科をして正大光明、風力を執持するの士を得て、畏徇する所無く、重く一たび懲創せしめば、一兩科の後、劉幾無からん。
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『呻吟語』外篇・詞章・言は心の聲なり鄉舉裡選の法廢れてより、後世率ね詞章を尚ぶ。唐は詩賦を以て真才を求む。更に歎ず可しと為す。宋は經義を以て士を取り、而して我が朝之に因る。夫れ士を取るに文を以てするは、已に言もて人を舉ぐと為すなり。然れども猶ほ曰く、言は、心の聲なりと。文に因りて其の心を得可く、心に因りて其の人を知る可し。
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『呻吟語』外篇・詞章・文の長有りて文の病無くんば其の文爽亮なる者は、其の心必ず光明なり。而して其の粗淺の病を察す。其の文勁直なる者は、其の人必ず剛方なり。而して其の豪悍の病を察す。其の文藻麗なる者は、其の人必ず文采あり。而して其の靡曼の病を察す。其の文莊重なる者は、其の人必ず端嚴なり。而して其の寥落の病を察す。其の文飄逸なる者は、其の人必ず流動す。而して其の浮薄の病を察す。其の文典雅なる者は、其の人必ず質實なり。而して其の樸鈍の病を察す。其の文雄暢なる者は、其の人必ず揮霍す。而して其の弛跅の病を察す。其の文溫潤なる者は、其の人必ず和順なり。而して其の巽軟の病を察す。其の文簡潔なる者は、其の人必ず修謹なり。而して其の拘攣の病を察す。其の文深沉なる者は、其の人必ず精細なり。而して其の陰險の病を察す。其の文沖淡なる者は、其の人必ず恬雅なり。而して其の懶散の病を察す。其の文變化する者は、其の人必ず圓通す。而して其の機械の病を察す。其の文奇巧なる者は、其の人必ず聰明なり。而して其の怪誕の病を察す。其の文蒼老なる者は、其の人必ず俗ならず。而して其の迂腐の病を察す。文の長有りて、文の病無くんば、則ち其の人知る可きなり。文即ひ未だ純ならずとも、必ず棄つ可からず。今や但だ其の文を取るのみ。見は深邃ならんことを欲し、調は新脫ならんことを欲し、意は奇特ならんことを欲し、句は飣餖ならんことを欲し、鍛鍊は工ならんことを欲し、態度は俏ならんことを欲し、粉黛は濃からんことを欲し、面皮は厚からんことを欲す。是を以て業舉の家は、理を棄てて辭を工にし、我を忘れて世に徇ひ、剽竊湊泊して、全く自己の神情無し。口語筆端、主司の好尚に迎合す。沿習の調既に成り、本然の天露れず。而して文を校する者も亦た世調に迷ひ、其の文を取りて其の人を忘る。何ぞ暗かに摸りて蒼黃を辨じ、壁を隔てて妍媸を察するに異ならんや。真才を得んと欲するも、豈に難からずや。
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『呻吟語』内篇・問學・誆騙と何ぞ異ならん今の舉子の文を為る者は、學を為むるの題目に遇へば、每に知行を以て比を作す。試みに思へ、個の甚麼を知り、個の甚麼を行ふかを。政を為むるの題目に遇へば、每に教養を以て比を作す。試みに問ふ、官を做して那個をか養ひ、那個をか教へしかと。若し口舌浮談に資りて、以て自ら其の身を致し、以て國家の寵利を要むれば、此れ誆騙と何ぞ異ならん。吾輩宜しく惕然として省むべし。
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『呻吟語』外篇・詞章・文章の妖にして道の賊艱語深辭、險句怪字は、文章の妖にして道の賊なり。後學の殃にして木の災ひなり。路は本と平らかなるに、山溪之にす。日月は本と明らかなるに、雲霧之にす。異理無くして、異言有り。深情無くして、深語有り。是の人誡められずして、是の書焚かれざるは、世教の責有る者の罪なり。若し其の人は學博くして識深く、意奧にして語奇なりと曰はば、然らば則ち孔・孟の言は淺鄙甚だし。
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『呻吟語』外篇・治道・萬事虛文紀綱法度の整齊嚴密、政教號令の委曲周詳は、原と是れ實踐躬行し、實用有り實力を得るを期す。今や貪暴なる者は法を好み、昏惰なる者は法を廢し、延きて今日に及びて萬事虛文たり。甚だしき者は製作の本意に迷ひて知らず、遂に其の文を並せて之を去らんと欲す。只今文は學校の如く、武は教場の如し。書聲軍容は、觀る可く聽く可からざるに非ず。將に這の二途の作養する人を用ひ出だし來たらば、人をして哀傷憤懣して死せんと欲せしむ。之を萬事に推すに、皆な然らざるは莫し。安んぞ縉紳簪嬰を用ひて世間を塞破せんや。