呻吟語 / 外篇・詞章・文の長有りて文の病無くんば
其文爽亮者,其心必光明,而察其粗淺之病;其文勁直者,其人必剛方,而察其豪悍之病;其文藻麗者,其人必文采,而察其靡曼之病;其文莊重者,其人必端嚴,而察其寥落之病;其文飄逸者,其人必流動,而察其浮薄之病;其文典雅者,其人必質實,而察其樸鈍之病;其文雄暢者,其人必揮霍,而察其弛跅之病;其文溫潤者,其人必和順,而察其巽軟之病;其文簡潔者,其人必修謹,而察其拘攣之病;其文深沉者,其人必精細,而察其陰險之病;其文沖淡者,其人必恬雅,而察其懶散之病;其文變化者,其人必圓通,而察其機械之病;其文奇巧者,其人必聰明,而察其怪誕之病;其文蒼老者,其人必不俗,而察其迂腐之病。有文之長,而無文之病,則其人可知矣,文即未純,必不可棄。今也但取其文而已。見欲深邃,調欲新脫,意欲奇特,句欲飣餖,鍛鍊欲工,態度欲俏,粉黛欲濃,面皮欲厚。是以業舉之家,棄理而工辭,忘我而徇世,剽竊湊泊,全無自己神情,口語筆端,迎合主司好尚。沿習之調既成,本然之天不露,而校文者亦迷於世調,取其文而忘其人,何異暗摸而辨蒼黃,隔壁而察妍媸?欲得真才,豈不難哉?
新字:其文爽亮者,其心必光明,而察其粗浅之病;其文勁直者,其人必剛方,而察其豪悍之病;其文藻麗者,其人必文采,而察其靡曼之病;其文荘重者,其人必端厳,而察其寥落之病;其文飄逸者,其人必流動,而察其浮薄之病;其文典雅者,其人必質実,而察其樸鈍之病;其文雄暢者,其人必揮霍,而察其弛跅之病;其文温潤者,其人必和順,而察其巽軟之病;其文簡潔者,其人必修謹,而察其拘攣之病;其文深沈者,其人必精細,而察其陰険之病;其文沖淡者,其人必恬雅,而察其懶散之病;其文変化者,其人必円通,而察其機械之病;其文奇巧者,其人必聰明,而察其怪誕之病;其文蒼老者,其人必不俗,而察其迂腐之病。有文之長,而無文之病,則其人可知矣,文即未純,必不可棄。今也但取其文而已。見欲深邃,調欲新脱,意欲奇特,句欲飣餖,鍛錬欲工,態度欲俏,粉黛欲濃,面皮欲厚。是以業舉之家,棄理而工辞,忘我而徇世,剽窃湊泊,全無自己神情,口語筆端,迎合主司好尚。沿習之調既成,本然之天不露,而校文者亦迷於世調,取其文而忘其人,何異暗摸而弁蒼黄,隔壁而察妍媸?欲得真才,豈不難哉?
書き下し
其の文爽亮なる者は、其の心必ず光明なり。而して其の粗淺の病を察す。其の文勁直なる者は、其の人必ず剛方なり。而して其の豪悍の病を察す。其の文藻麗なる者は、其の人必ず文采あり。而して其の靡曼の病を察す。其の文莊重なる者は、其の人必ず端嚴なり。而して其の寥落の病を察す。其の文飄逸なる者は、其の人必ず流動す。而して其の浮薄の病を察す。其の文典雅なる者は、其の人必ず質實なり。而して其の樸鈍の病を察す。其の文雄暢なる者は、其の人必ず揮霍す。而して其の弛跅の病を察す。其の文溫潤なる者は、其の人必ず和順なり。而して其の巽軟の病を察す。其の文簡潔なる者は、其の人必ず修謹なり。而して其の拘攣の病を察す。其の文深沉なる者は、其の人必ず精細なり。而して其の陰險の病を察す。其の文沖淡なる者は、其の人必ず恬雅なり。而して其の懶散の病を察す。其の文變化する者は、其の人必ず圓通す。而して其の機械の病を察す。其の文奇巧なる者は、其の人必ず聰明なり。而して其の怪誕の病を察す。其の文蒼老なる者は、其の人必ず俗ならず。而して其の迂腐の病を察す。文の長有りて、文の病無くんば、則ち其の人知る可きなり。文即ひ未だ純ならずとも、必ず棄つ可からず。今や但だ其の文を取るのみ。見は深邃ならんことを欲し、調は新脫ならんことを欲し、意は奇特ならんことを欲し、句は飣餖ならんことを欲し、鍛鍊は工ならんことを欲し、態度は俏ならんことを欲し、粉黛は濃からんことを欲し、面皮は厚からんことを欲す。是を以て業舉の家は、理を棄てて辭を工にし、我を忘れて世に徇ひ、剽竊湊泊して、全く自己の神情無し。口語筆端、主司の好尚に迎合す。沿習の調既に成り、本然の天露れず。而して文を校する者も亦た世調に迷ひ、其の文を取りて其の人を忘る。何ぞ暗かに摸りて蒼黃を辨じ、壁を隔てて妍媸を察するに異ならんや。真才を得んと欲するも、豈に難からずや。
現代語訳
文が爽やかで明るい者は、心が必ず光り明るい。しかしその粗く浅い病を見ます。文が強くまっすぐな者は、人が必ず剛くきちんとしている。しかしその荒く猛い病を見ます。文が飾り美しい者は、人に必ず文采がある。しかしその艶に流れる病を見ます。文が荘重な者は、人が必ず端正で厳か。しかしその寂しく落ちる病を見ます。文が飄々と逸れる者は、人が必ず動きがある。しかしその浮き薄い病を見ます。文が典雅な者は、人が必ず質実。しかしその朴訥で鈍い病を見ます。文が雄々しく伸びやかな者は、人が必ず思い切りがよい。しかしその緩み外れる病を見ます。文が温かく潤う者は、人が必ず和やかで従順。しかしその軟らかすぎる病を見ます。文が簡潔な者は、人が必ず修まり謹む。しかしその縮こまる病を見ます。文が深く沈む者は、人が必ず精細。しかしその陰険な病を見ます。文が和やかで淡い者は、人が必ず穏やかで雅。しかしその怠け散る病を見ます。文が変化する者は、人が必ず円く通じる。しかしその仕掛けを弄する病を見ます。文が奇で巧みな者は、人が必ず聡明。しかしその怪しく出鱈目な病を見ます。文が蒼く老いた者は、人が必ず俗でない。しかしその古臭く腐った病を見ます。文の長所があって文の病が無ければ、その人が分かります。文がまだ純でなくても、決して捨ててはいけません。今はただその文を取るだけです。見方は深遠であろうとし、調子は新しく抜けようとし、意は奇抜であろうとし、句は飾り立てようとし、練りは巧みであろうとし、態度は艶やかであろうとし、化粧は濃くあろうとし、面の皮は厚くあろうとします。だから科挙を業とする家は、理を捨てて辞を巧みにし、自分を忘れて世に従い、盗み寄せ集めて、まったく自分の心情がありません。口にも筆先にも、試験官の好みに迎合します。慣れた調子ができあがり、本来の天が現れません。そして文を審査する者も世の調子に迷い、その文を取ってその人を忘れます。暗がりで手探りして青と黄を見分け、壁を隔てて美醜を察するのと何が違うでしょうか。本当の才を得ようとしても、難しいのではないでしょうか。
解説

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