呻吟語 / 内篇・修身・柔嘉は軟美ならず
沾沾煦煦,柔潤可人,丈夫之大恥也。君子豈欲與人乖戾? 但自有正情真味故柔嘉不是軟美,自愛者不可不辨。
新字:沾沾煦煦,柔潤可人,丈夫之大恥也。君子豈欲与人乖戻? 但自有正情真味故柔嘉不是軟美,自愛者不可不弁。
書き下し
沾沾煦煦として、柔潤人に可なるは、丈夫の大恥なり。君子豈に人と乖戾せんことを欲せんや。但だ自ら正情真味有るが故に、柔嘉は是れ軟美ならず。自ら愛する者は辨ぜざる可からず。
現代語訳
べたべたと甘く温かく、柔らかく潤って人に好かれるのは、男子の大きな恥です。君子がどうして人と背きたいと思うでしょうか。ただ自分に正しい情と真の味わいがあるから、柔らかく善いことは、軟らかく甘いこととは違うのです。自分を大切にする者は、この違いを見分けなければなりません。
解説
人当たりの良さを、そのまま徳と見なすことを退けます。柔嘉と軟美という似た二語を並べ、前者は正しい情に裏づけられた柔らかさ、後者は好かれるための甘さだと分けます。衝突したいわけではないと断ったうえでの線引きなので、頑固さの勧めではありません。好かれることを目標にした途端に、柔らかさが別のものに変わるという指摘です。
この章句が説くこと
柔和迎合区別人当たり真情
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