韓非子 / 說林下二十三
吾嘗て音を好むに、此の人我に鳴琴を遺る。...是れ我が過を振する者なり。...吾其の我を以て容れらるるを人に求めんことを恐るるなり。
書き下し
吾嘗て音を好むに、此の人我に鳴琴を遺る。...是れ我が過を振する者なり。...吾其の我を以て容れらるるを人に求めんことを恐るるなり。
現代語訳
私は以前、音楽を好んだら、この男は私に琴を贈ってきた。...これは私の(贅沢という)欠点を助長させた者だ。...私は、彼が(今度は)私を(捕らえて)他人に取り入ろうとするのではないかと恐れている。
解説
リーダーの「好み」や「欠点」に合わせて(我が過を振す)、ひたすらイエスマンとして振る舞う部下(嗇夫)は、真の忠臣ではないという見識です。彼はリーダー個人(文子)に忠誠を誓っているのではなく、「リーダーの権力」に迎合しているだけです。そのため、リーダーが権力を失えば、真っ先に裏切り(後車を収め)、新しい権力者に迎合します。
この章句が説くこと
イエスマン忠誠心迎合裏切り情実人事