呻吟語 / 外篇・詞章・文に因りて道を見る
古人無無益之文章,其明道也不得不形而為言,其發言也不得不成而為文。所謂因文見道者也,其文之古今工拙無論。
新字:古人無無益之文章,其明道也不得不形而為言,其発言也不得不成而為文。所謂因文見道者也,其文之古今工拙無論。
書き下し
古人に無益の文章無し。其の道を明らかにするや形して言と為らざるを得ず。其の言を發するや成して文と為らざるを得ず。所謂文に因りて道を見る者なり。其の文の古今工拙は論ずる無し。
現代語訳
昔の人に役に立たない文章はありません。道を明らかにするには、形になって言葉とならざるを得ません。言葉を発すれば、まとまって文とならざるを得ません。いわゆる文によって道を見るというものです。その文の古い新しい巧い拙いは論じません。
解説
文が生まれる順序を示します。道を明らかにしようとすれば言葉になり、言葉を発すればまとまって文になる。文を作ろうとして作ったのではありません。だから巧拙も新旧も問題になりません。文によって道を見るという言い方が要点で、文が目的ではなく通り道だとされています。次の段で、この順序が崩れた後世が描かれます。
この章句が説くこと
因文見道順序自ずと巧拙通り道
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