呻吟語 / 外篇・詞章・聖人は無用の文章を作らず
聖人不作無用文章,其論道則為有德之言,其論事則為有見之言,其敘述歌詠則為有益世教之言。
新字:聖人不作無用文章,其論道則為有徳之言,其論事則為有見之言,其敘述歌詠則為有益世教之言。
書き下し
聖人は無用の文章を作らず。其の道を論ずるは則ち有德の言と為り、其の事を論ずるは則ち有見の言と為り、其の敘述歌詠は則ち世教に益有るの言と為る。
現代語訳
聖人は役に立たない文章を作りません。道を論じれば徳のある言葉となり、事を論じれば見識のある言葉となり、叙述や歌詠は世の教えに益のある言葉となります。
解説
聖人の文章を、三つの場面で示します。道を論じれば徳の言、事を論じれば見識の言、叙述や詩歌なら世の教えに益のある言。詩歌まで含めて役割が与えられているのが要点です。楽しみのための文を認めないという厳しさがありますが、それだけ文の力を重く見ているとも読めます。詩歌まで含めて、役割が与えられているのが要点です。楽しみのための文を認めない厳しさがありますが、それだけ文の力を重く見ているとも読めます。
この章句が説くこと
無用有徳有見世教役割
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