呻吟語 / 外篇・詞章・詩辭は哭笑の如くならんことを要す
詩辭要如哭笑,發乎情之不容已,則真切而有味。果真矣,不必較工拙。後世只要學詩辭,然工而失真,非詩辭之本意矣。
新字:詩辞要如哭笑,発乎情之不容已,則真切而有味。果真矣,不必較工拙。後世只要学詩辞,然工而失真,非詩辞之本意矣。
書き下し
詩辭は哭笑の如くならんことを要す。情の已むを容れざるに發せば、則ち真切にして味有り。果たして真ならば、工拙を較ぶるを必ずしもせず。後世は只だ詩辭を學ばんと要す。然れども工にして真を失はば、詩辭の本意に非ざるなり。
現代語訳
詩や辞は泣き笑いのようであるべきです。止められない情から発すれば、真に切実で味わいがあります。本当に真なら、巧拙を比べる必要はありません。後の世はただ詩や辞を学ぼうとします。しかし巧みになって真を失えば、詩や辞の本来の意ではありません。
解説
詩を、泣き笑いと同じものだとします。止められない情から出るからです。だから真であれば巧拙は問われません。そして学ぶことの危うさが指摘されます。学べば巧みになりますが、真を失えば本来の意から外れます。前に出てきた、心が真でなければ芝居と同じだという段と同じ主張が、詩に当てはめられています。学べば巧みになりますが、真を失えば外れます。
この章句が説くこと
詩辞哭笑真巧拙学ぶ危うさ
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