呻吟語 / 外篇・詞章・大羹玄酒と膾炙珍羞
聖人之言,簡淡明直中有無窮之味,大羹玄酒也;賢人之言,一見便透,而理趣充溢,讀之使人豁然,膾炙珍羞也。
新字:聖人之言,簡淡明直中有無窮之味,大羹玄酒也;賢人之言,一見便透,而理趣充溢,読之使人豁然,膾炙珍羞也。
書き下し
聖人の言は、簡淡明直の中に無窮の味有り。大羹玄酒なり。賢人の言は、一見便ち透り、而して理趣充溢す。之を讀めば人をして豁然たらしむ。膾炙珍羞なり。
現代語訳
聖人の言葉は、簡素で淡く明らかでまっすぐなうちに、尽きない味わいがあります。味を付けない羹と水です。賢人の言葉は、一目で分かり、理と趣きが溢れています。読めば人をはっと晴れさせます。なますや炙り肉と珍しいご馳走です。
解説
聖人と賢人の言葉を、食べ物になぞらえます。聖人は味を付けない羹と水で、簡素なのに尽きない味わいがある。賢人はご馳走で、一目で分かり理趣が溢れます。優劣は明らかですが、賢人の言葉も否定されていません。前に出てきた、味を付けるのは至味でないという段と同じ構図が、文章の評に使われた一段です。優劣は明らかですが、賢人の言葉も否定されません。
この章句が説くこと
聖賢玄酒珍羞簡淡味わい
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