呻吟語 / 内篇・性命・真機真味は涵蓄を要す
真機、真味要涵蓄,休點破。其妙無窮,不可言喻。所以聖人無言。一犯口頰,窮年說不盡,又離披澆漓,無一些咀嚼處矣。
新字:真機、真味要涵蓄,休点破。其妙無窮,不可言喻。所以聖人無言。一犯口頰,窮年説不尽,又離披澆漓,無一些咀嚼処矣。
書き下し
真機・真味は涵蓄を要す、點破するを休めよ。其の妙は窮まり無く、言喩す可からず。所以に聖人は言無し。一たび口頰を犯さば、年を窮むるも說き盡くさず、又離披澆漓として、一些の咀嚼する處無からん。
現代語訳
本当のはたらき、本当の味わいは、内に含み蓄えておくべきで、言葉で言い当ててしまってはいけません。その妙味は尽きることがなく、言葉で説明できないものです。だから聖人は語らないのです。ひとたび口に出してしまえば、一年かけても説き尽くせないうえに、ばらばらに薄まって、噛みしめるところが少しも無くなってしまいます。
解説
言い当ててしまうことの損が説かれます。点破とは急所を指して言い切ること。言い当てた瞬間に、汲めども尽きなかったものが薄まってしまう、と。聖人が語らないのはもったいぶりではなく、語れば減ると知っているからだという理屈です。噛みしめるところが無くなる、という表現が的確で、説明が行き届くほど味がなくなるという逆説を突いています。
この章句が説くこと
含蓄点破無言余白逆説
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