呻吟語 / 外篇・廣喻・疥癬は小疾と雖も
疥癬雖小疾,只不染在身上就好。一到身上,難說是無病底人。
新字:疥癬雖小疾,只不染在身上就好。一到身上,難説是無病底人。
書き下し
疥癬は小疾と雖も、只だ身上に染まらざれば就ち好し。一たび身上に到らば、是れ病無き底の人なりと說き難し。
現代語訳
疥や癬は小さな病ですが、身に染まらなければそれでよい。ひとたび身に付けば、病の無い人だとは言いにくくなります。
解説
小さな病の扱いを、身に付くかどうかで分けます。疥や癬は命に関わりませんが、付いてしまえば健康な人とは言えません。程度ではなく有無が問われるということです。前に出てきた、一つの過ちが節目より騒がれるという段とは逆に、こちらは小さくても有れば有るという厳しさが示された一段になっています。小さくても有れば有る、という厳しさがあります。
この章句が説くこと
疥癬小疾有無健康厳しさ
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