呻吟語 / 外篇・廣喻・感の正なる者は聖人
昨見一少婦行哭甚哀,聲似賢節,意甚憐之。友人曰:「子得無視婦女乎?」曰:「非視也,見也。大都廣衙之中,好醜雜沓,情態繽紛,入吾目者千般萬狀,不可勝數也,吾何嘗視?吾何嘗不見?吾見此婦亦如不可勝數者而已。夫能使聰明不為所留,心志不為所引,如風聲日影然,何害其為見哉?子欲入市而閉目乎?將有所擇而見乎?雖然,吾猶感心也,見可惡而惡之,見可哀而哀之,見可好而好之。雖惰性之正猶感也,感則人,無感則天。感之正者聖人,感之雜者眾人,感之邪者小人。君子不能無感,慎其所以感之者。此謂動處試靜,亂中見治,工夫效驗都在這裡。」
新字:昨見一少婦行哭甚哀,声似賢節,意甚憐之。友人曰:「子得無視婦女乎?」曰:「非視也,見也。大都広衙之中,好醜雑沓,情態繽紛,入吾目者千般万状,不可勝数也,吾何嘗視?吾何嘗不見?吾見此婦亦如不可勝数者而已。夫能使聰明不為所留,心志不為所引,如風声日影然,何害其為見哉?子欲入市而閉目乎?将有所択而見乎?雖然,吾猶感心也,見可悪而悪之,見可哀而哀之,見可好而好之。雖惰性之正猶感也,感則人,無感則天。感之正者聖人,感之雑者眾人,感之邪者小人。君子不能無感,慎其所以感之者。此謂動処試静,乱中見治,工夫効験都在這裡。」
書き下し
昨一少婦の行き哭すること甚だ哀なるを見る。聲は賢節に似たり。意甚だ之を憐れむ。友人曰く、「子婦女を視る無きを得んや」と。曰く、「視るに非ざるなり、見るなり。大都廣衙の中、好醜雜沓し、情態繽紛たり。吾が目に入る者千般萬狀にして、勝げて數ふ可からざるなり。吾何ぞ嘗て視んや。吾何ぞ嘗て見ざらんや。吾此の婦を見るも亦た勝げて數ふ可からざる者の如きのみ。夫れ能く聰明をして留むる所と為らざらしめ、心志をして引かるる所と為らざらしむること、風聲日影の然るが如くんば、何ぞ其の見為るを害せんや。子は市に入りて目を閉ぢんと欲するか。將た擇ぶ所有りて見んとするか。然りと雖も、吾は猶ほ心に感ずるなり。惡む可きを見て之を惡み、哀れむ可きを見て之を哀れみ、好む可きを見て之を好む。惰性の正すら猶ほ感ずるなり。感ずれば則ち人、感ずる無ければ則ち天なり。感の正なる者は聖人、感の雜なる者は眾人、感の邪なる者は小人なり。君子は感ずる無き能はず。其の感ずる所以の者を慎む。此れを動處に靜を試み、亂中に治を見ると謂ふ。工夫の效驗は都て這裡に在り」と。
現代語訳
昨日、若い婦人が歩きながら泣くのがひどく哀れなのを見ました。声は賢く節のある人のようで、心から憐れみました。友人が言いました。あなたは婦女を見つめたのではありませんか。答えて言う。見つめたのではなく、目に入ったのです。大きな町や広い役所のなかでは、美醜が入り混じり、情も態も乱れ飛んでいます。目に入るものは千種万様で数えきれません。私がいつ見つめたでしょうか。私がいつ見ずにいたでしょうか。この婦人を見たのも、数えきれないものの一つにすぎません。聡明さを留められず、心と志を引かれないこと、風の音や日の影のようであれば、見ることに何の害があるでしょうか。あなたは市に入るのに目を閉じるつもりですか。それとも選んで見るつもりですか。とはいえ、私はやはり心が感じます。憎むべきを見て憎み、哀れむべきを見て哀れみ、好むべきを見て好みます。本性の正しさでさえ感じるのです。感じれば人であり、感じなければ天です。感じ方の正しい者が聖人、雑な者が大勢の人、邪な者が小人です。君子は感じないわけにいきません。ただ感じる元を慎みます。これを動く場で静かさを試し、乱れのなかに治まりを見ると言います。工夫の効き目はすべてここにあります。
解説
この章句が説くこと
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