呻吟語 / 外篇・人情・這個の念頭は君子か小人か
世之人,聞人過失,便喜談而樂道之;見人規已之過,既掩護之,又痛疾之;聞人稱譽,便欣喜而誇張之;見人稱人之善,既蓋藏之,又搜索之。試思這個念頭是君子乎?是小人乎?
新字:世之人,聞人過失,便喜談而楽道之;見人規已之過,既掩護之,又痛疾之;聞人称誉,便欣喜而誇張之;見人称人之善,既蓋蔵之,又捜索之。試思這個念頭是君子乎?是小人乎?
書き下し
世の人は、人の過失を聞けば便ち喜びて談じ樂しみて之を道ふ。人の已の過ちを規するを見れば、既に之を掩護して、又た之を痛疾す。人の稱譽を聞けば、便ち欣喜して之を誇張す。人の人の善を稱するを見れば、既に之を蓋藏して、又た之を搜索す。試みに思へ、這個の念頭は君子か、是れ小人か。
現代語訳
世の人は、人の過失を聞けば喜んで語り楽しんで言い触らします。人が自分の過ちを正すのを見れば、覆い隠したうえで、その人をひどく憎みます。人が自分を誉めるのを聞けば、喜んで誇張します。人が他人の善を称えるのを見れば、覆い隠したうえで、その人の欠点を探します。試しに考えなさい、この心は君子でしょうか、小人でしょうか。
解説
四つの場面を、自分と他人で組み合わせます。他人の過失は喜んで広め、自分の過失を指摘されれば隠して憎む。自分の誉れは誇張し、他人の誉れは隠して欠点を探す。すべて同じ一つの向きで、自分を上に他人を下に置く動きです。そして最後に、君子か小人かと問われます。答えは明らかで、自分を測らせる形になっています。答えは明らかで、自分を測らせる形になっています。
この章句が説くこと
過失誉れ自他向き自省
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