呻吟語 / 外篇・聖賢・落花飛絮に豈に死生無からんや
只為多了這知覺,便生出許多情緣,添了許多苦惱。落花飛絮豈無死生?他只恁委和委順而已。或曰:「聖學當如是乎?」
新字:只為多了這知覚,便生出許多情縁,添了許多苦悩。落花飛絮豈無死生?他只恁委和委順而已。或曰:「聖学当如是乎?」
書き下し
只だ這の知覺を多くするが為に、便ち許多の情緣を生じ出だし、許多の苦惱を添ふ。落花飛絮に豈に死生無からんや。他は只だ恁く委和委順するのみ。或るひと曰く、「聖學は當に是の如くなるべきか」と。
現代語訳
ただこの知覚が余分にあるために、多くの情の絡みを生み出し、多くの苦悩を加えています。散る花や飛ぶ綿毛に、生き死にが無いでしょうか。彼らはただそのように和に委ね順に委ねているだけです。ある人が問いました。聖人の学も、そうあるべきなのでしょうか。
解説
苦悩の原因を、知覚の多さに帰します。花も綿毛も生き死にはあるのに、ただ委ねているだけで苦しみません。人だけが知覚のぶん苦しむ、と。そして問いが立てられたまま次の段へ続きます。委ねることを聖人の学とするのかどうか。仏道に近い見方を提示して、いったん保留する構成です。仏道に近い見方を提示して、いったん保留する構成です。
この章句が説くこと
知覚苦悩落花委ねる問い
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