呻吟語 / 外篇・廣喻・兄弟長を爭ふ
人有兄弟爭長者,其一生於甲子八月二十五日,其一生於乙丑二月初三日。一曰:「我多汝一歲。」一曰:「我多汝月與日。」
新字:人有兄弟争長者,其一生於甲子八月二十五日,其一生於乙丑二月初三日。一曰:「我多汝一歳。」一曰:「我多汝月与日。」
書き下し
人に兄弟長を爭ふ者有り。其の一は甲子八月二十五日に生まれ、其の一は乙丑二月初三日に生まる。一は曰く、「我は汝より一歲多し」と。一は曰く、「我は汝より月と日と多し」と。
現代語訳
兄弟で年長を争う者がいました。一人は甲子の年の八月二十五日に生まれ、一人は乙丑の年の二月三日に生まれました。一人は言いました。私はお前より一歳多い。もう一人は言いました。私はお前より月と日が多い。
解説
半年違いの兄弟が、年長を争う話です。年で数えれば前の年生まれが上ですが、月日の数字だけ見れば後の生まれが大きくなります。同じ事実から正反対の結論が出るのは、数え方を選んでいるからです。自分に有利な尺度を選ぶ癖が、笑い話の形で示されています。議論の多くがこれだという含みが読めます。自分に有利な尺度を選ぶ癖が、笑い話になっています。議論の多くがこれだ、という含みが読めます。
この章句が説くこと
兄弟年長数え方尺度自分に有利
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