呻吟語 / 外篇・廣喻・大鬥小秤
某嘗與友人論一事,友人曰:「我胸中自有權量。」某曰:「雖婦人孺子未嘗不權量,只怕他大鬥小秤。」
新字:某嘗与友人論一事,友人曰:「我胸中自有権量。」某曰:「雖婦人孺子未嘗不権量,只怕他大鬥小秤。」
書き下し
某嘗て友人と一事を論ず。友人曰く、「我が胸中に自ら權量有り」と。某曰く、「婦人孺子と雖も未だ嘗て權量せずんばあらず。只だ他の大鬥小秤なるを怕るるのみ」と。
現代語訳
私はかつて友人とある事を論じました。友人が言いました。私の胸の中に自分の秤と枡がある。私は言いました。女子供でも秤り量らないことはありません。ただその枡が大きく秤が小さいのを恐れるだけです。
解説
自分の判断基準があるという主張に、切り返します。基準を持っていること自体は誰でも同じです。問題はその基準が狂っていないかどうか。受け取るときは大きな枡、渡すときは小さな秤という商人の不正が引かれています。自分の基準を根拠にする議論を、基準の検証という一点で崩した一段になっています。自分の基準を根拠にする議論を、崩しています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
権量基準狂い大斗小秤検証
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『墨子』非命上然らば則ち此の説を眀辯するは将た奈何せんや。子墨子言いて曰く、「必ず儀を立てよ。言いて儀無きは、譬えば運鈞の上にして朝夕を立つる者の如きなり。是非利害の辯、得て眀らかに知る可からざるなり。故に言には必ず三表有り」と。何をか三表と謂う。子墨子言いて曰く、「之に本づくる者有り、之を原ぬる者有り、之を用うる者有り。何に於いてか之に本づく。上、之を古者聖王の事に本づく。何に於いてか之を原ぬる。下、百姓の耳目の實を原ね察す。何に於いてか之を用う。發して以て刑政と為し、其の國家百姓人民の利に中るを觀る。此れ所謂る言に三表有るなり」と。
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『墨子』非命中子墨子言いて曰く、凡そ言談を出だし、文章に由りて之れ道を為すや、則ち先ず儀法を立てずんばある可からず。若し言いて儀無くんば、譬えば猶お朝夕を運鈞の上に立つるがごときなり。則ち巧工有りと雖も、必ず正を得る能わず。然れども今、天下の情偽、未だ得て識る可からざるなり。故に言をして三法有らしむ。三法とは何ぞや。之に本づくる者有り、之を原ぬる者有り、之を用うる者有り。其の之に本づくるや、之を天鬼の志、聖王の事に考う。其の之を原ぬるや、徵するに先王の書を以てす。之を用うるは奈何。發して刑と為す。此れ言の三法を言うなり。
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『韓非子』難二第三十七人を索むるに労せず、人を使うに佚せず。而るに桓公「人を索むるに労し、人を使うに佚す」と曰うは、然らざるなり。
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『墨子』節葬下故に古の聖王、制して葬埋の法を為りて曰く、「棺は三寸、以て體を朽ちしむるに足る。衣衾は三領、以て惡を覆うに足る。其の葬るに及びてや、下は泉に及ぶ毋く、上は臭を通ずる無く、壟は參耕の畝の若くんば、則ち止むのみ」と。死者、既に以て葬れば、生者、必ず久しく哭する無くして、疾やかにして事に從い、人、其の能くする所を為して、以て交ごも相い利す。此れ聖王の法なり。
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『墨子』貴義子墨子曰く、凡そ言、凡そ動、天鬼百姓に利ある者は之を為し、凡そ言、凡そ動、天鬼百姓に害ある者は之を舍く。凡そ言、凡そ動、三代の聖王堯・舜・禹・湯・文・武に合う者は之を為し、凡そ言、凡そ動、三代の暴王桀・紂・幽・厲に合う者は之を舍く。
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『墨子』公孟公孟子、子墨子に謂いて曰く、「子は三年の喪を以て非と為す。子の三日の喪も亦た非なり」と。子墨子曰く、「子は三年の喪を以て三日の喪を非とす。是れ猶お倮なる者の蹶く者を恭しからずと謂うがごときなり。