呻吟語 / 外篇・廣喻・各おの司る所有り
道途不治,不責婦人,中饋不治,不責僕夫。各有所官也。
書き下し
道途治まらざるも、婦人を責めず。中饋治まらざるも、僕夫を責めず。各おの官る所有ればなり。
現代語訳
道が整っていなくても、婦人を責めません。台所が整っていなくても、下男を責めません。それぞれ司るところがあるからです。
解説
責任の範囲を、二つの例で示します。道の整備と台所の切り盛り。それぞれ担当が決まっているので、外の人を責めても意味がありません。当たり前のようですが、実際には範囲を越えて責める場面が多いからこそ書かれています。前に出てきた、職務を分ければ押しつける先が無くなるという段と同じ主張が、家の中の例で示されています。
この章句が説くこと
分担責任範囲道台所越境
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