呻吟語 / 外篇・廣喻・懸墜
廟堂之上最要蕩蕩平平,寧留有餘不盡之意,無為一著快心之事。或者不然予言,予曰:「君見懸墜乎?懸墜者,以一線繫重物下垂,往來不定者也。當兩壁之間,人以一手撼之,撞於東壁重則反於西壁亦重,無撞而不反之理,無撞重而反輕之理,待其定也,中懸而止。君快於東壁之一撞,而不慮西壁之一反乎?國家以無事無福,無心處事,當可而止,則無事矣。
新字:廟堂之上最要蕩蕩平平,寧留有余不尽之意,無為一著快心之事。或者不然予言,予曰:「君見懸墜乎?懸墜者,以一線繋重物下垂,往来不定者也。当両壁之間,人以一手撼之,撞於東壁重則反於西壁亦重,無撞而不反之理,無撞重而反軽之理,待其定也,中懸而止。君快於東壁之一撞,而不慮西壁之一反乎?国家以無事無福,無心処事,当可而止,則無事矣。
書き下し
廟堂の上は最も蕩蕩平平なるを要す。寧ろ餘り有りて盡くさざるの意を留め、一著快心の事を為す無かれ。或者予が言を然らずとす。予曰く、「君は懸墜を見るか。懸墜とは、一線を以て重物を繫ぎ下垂し、往來定まらざる者なり。兩壁の間に當たり、人一手を以て之を撼かせば、東壁に撞くこと重ければ則ち西壁に反ること亦た重し。撞きて反らざるの理無く、撞くこと重くして反ること輕きの理無し。其の定まるを待たば、中に懸かりて止む。君は東壁の一撞に快くして、西壁の一反を慮らざるか。國家は事無きを以て福と無し、心無くして事に處し、可なるに當たりて止まらば、則ち事無し」と。
現代語訳
朝廷の上は何より広く平らかであることが必要です。むしろ余りを残して尽くさない意を留め、一手で胸のすく事をしてはいけません。ある人が私の言葉を否としました。私は言いました。あなたは振り子を見たことがありますか。振り子とは一本の糸で重い物を吊るして垂らし、行き来が定まらないものです。二つの壁のあいだにあって、人が片手で揺らせば、東の壁に当たるのが強ければ西の壁に返るのも強い。当たって返らない理屈は無く、強く当たって弱く返る理屈もありません。定まるのを待てば、真ん中に吊るされて止まります。あなたは東の壁に一度当てて胸がすいて、西の壁への一度の返りを考えないのですか。国家は何事も無いのを福とし、計らう心なく事に処し、よいところで止まれば、事は起こりません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』外篇・治道・廟堂の上の聚議廟堂の上の聚議する者は、其れ虛文なり。當路者は虛ならざるの成心を持し、廢す可からざるの故事に循ひ、特だ群在を借りて以て公を示すのみ。是を以て尊き者は嚅囁し、卑しき者は唯諾し、日を移して退く。逢迎に巧みなる者は其の頤指意向を觀て極口稱道し、他日驟かに殊榮を得。公直に激する者は其の益無く害有るを知りて色を奮ひ極言し、他日中てらるるに奇禍を以てす。
-
『呻吟語』外篇・治道・泰の極は其れ懼る可し暑の將に退かんとするや先づ燠く、天の將に旦けんとするや先づ晦し。丸を壁に投ずるに、疾ければ則ち內に射る。物極まれば則ち反り、極まらざれば則ち反らざるなり。故に愚者は惟だ其の極を樂しみ、智者は先づ其の反るを懼る。然らば則ち否は極に害あらず、泰の極は其れ懼る可し。
-
『呻吟語』外篇・治道・時勢を主る者の懲らす所に過ぐる泰極まれば必ず其の否を受くる者有り、否極まれば必ず其の泰を受くる者有り。故に水一たび壅すれば必ず決し、水一たび決すれば必ず涸る。世道縱極まれば、必ず操切なる者出づ。出づれば則ち賢愚を分かたず、一番の人其の敝を受く。嚴極まれば必ず長厚なる者出づ。出づれば則ち賢愚を分かたず、一番の人其の福を受く。此れ獨り人事のみに非ず、氣數固より然るなり。故に智者は時に乘じ勢に因り、否を以て憂ひと為さずして、泰を以て懼と為す。勢を審らかにし時を相て、一懲の後に決裂して、一切の法を以て驟かに更めず。昔獵者有り山に入り、騶虞を見て以て虎と為し、之を殺し、尋いで復た悔ゆ。明日虎を見て以て騶虞と為し、之を捨て、又た復た悔ゆ。時勢を主る者の懲らす所に過ぐるも、亦た是の若きか。
-
『呻吟語』内篇・存心・靜を主として動を慎む動く時は只だ發揮し盡くさざるを見る、那裡にか錯るを覺えん。故に君子は靜を主として動を慎む。靜を主とすれば、則ち動は靜の枝葉なり。動を慎めば、則ち動は靜の約束なり。又何の過ちかあらん。
-
『呻吟語』外篇・治道・盈卮を捧ぐる者氣運は盈つるを怕る。故に天下の勢ひは之をして盈たしむ可からず。既に盈つるの勢ひは、便ち當に之をして損ぜしむべし。是の故に不測の禍、一朝の忿りは、目前の積に非ず、勢盈に成る。勢盈なる者は、自ら損ぜざる可からず。盈卮を捧ぐる者は、徐ろに行くは少しく挹むに如かず。
-
『呻吟語』外篇・治道・中興の君は創業と等しうして而る後に可なり故に令を今にして流るるが如く、民應ずること響くが如し。承平日久しく、法度疏闊にして、人心散じて收まらず、惰りて振るはず、頑にして爽やかならず。譬へば熟睡の人の百呼するも聾の若く、欠倦の身の兩足跛の如きがごとし。惟だ是れ盜賊の追ふ所、水火の迫る所のみ、或いは猛省して急奔す可し。是を以て詔今廢格し、政事頹靡し、條上する者紛紛たり、中傷する者累累たり。而るに之を聽く者聞知する罔きが若し。徒らに書發の勞、紙墨の費えを多くするのみ。即ち其の尤なる者一人を殺して以て之を號召するも、未だ肅然として視を改め聽を易ふるや否やを知らず。而るに迂腐の儒は、猶ほ宜しく長厚を崇ぶべし、激切を為す勿かれと曰ふ。嗟夫、天下の禍を養ひ、天下の弊を甚だしくする者は、必ず是の人なり。故に物垢づけば則ち浣ひ、甚だしければ則ち改め為す。室傾けば則ち支へ、甚だしければ則ち改め作す。中興の君は、名實を綜核し、紀綱を整頓すること、當に創業と等しうして而る後に可なるべし。