呻吟語 / 外篇・治道・中興の君は創業と等しうして而る後に可なり
故今行如流,民應如響。承平日久,法度疏闊,人心散而不收,惰而不振,頑而不爽。譬如熟睡之人,百呼若聾;欠倦之身,兩足如跛,惟是盜賊所追,水火所迫,或可猛醒而急奔。是以詔今廢格,政事頹靡,條上者紛紛,中傷者累累,而聽之者若罔聞知,徒多書發之勞,紙墨之費耳。即殺其尤者一人,以號召之,未知肅然改視易聽否。而迂腐之儒,猶曰宜崇長厚,勿為激切。嗟夫!養天下之禍,甚天下之弊者,必是人也。故物垢則浣,甚則改為;室傾則支,甚則改作。中興之君,綜核名實,整頓紀綱,當與創業等而後可。
新字:故今行如流,民応如響。承平日久,法度疏闊,人心散而不収,惰而不振,頑而不爽。譬如熟睡之人,百呼若聾;欠倦之身,両足如跛,惟是盗賊所追,水火所迫,或可猛醒而急奔。是以詔今廃格,政事頹靡,条上者紛紛,中傷者累累,而聴之者若罔聞知,徒多書発之労,紙墨之費耳。即殺其尤者一人,以号召之,未知粛然改視易聴否。而迂腐之儒,猶曰宜崇長厚,勿為激切。嗟夫!養天下之禍,甚天下之弊者,必是人也。故物垢則浣,甚則改為;室傾則支,甚則改作。中興之君,綜核名実,整頓紀綱,当与創業等而後可。
書き下し
故に令を今にして流るるが如く、民應ずること響くが如し。承平日久しく、法度疏闊にして、人心散じて收まらず、惰りて振るはず、頑にして爽やかならず。譬へば熟睡の人の百呼するも聾の若く、欠倦の身の兩足跛の如きがごとし。惟だ是れ盜賊の追ふ所、水火の迫る所のみ、或いは猛省して急奔す可し。是を以て詔今廢格し、政事頹靡し、條上する者紛紛たり、中傷する者累累たり。而るに之を聽く者聞知する罔きが若し。徒らに書發の勞、紙墨の費えを多くするのみ。即ち其の尤なる者一人を殺して以て之を號召するも、未だ肅然として視を改め聽を易ふるや否やを知らず。而るに迂腐の儒は、猶ほ宜しく長厚を崇ぶべし、激切を為す勿かれと曰ふ。嗟夫、天下の禍を養ひ、天下の弊を甚だしくする者は、必ず是の人なり。故に物垢づけば則ち浣ひ、甚だしければ則ち改め為す。室傾けば則ち支へ、甚だしければ則ち改め作す。中興の君は、名實を綜核し、紀綱を整頓すること、當に創業と等しうして而る後に可なるべし。
現代語訳
だから令が流れるように行き渡り、民が響きのように応えます。太平が長く続くと、法度がゆるみ、人心は散って収まらず、怠って振るわず、頑なで爽やかでなくなります。譬えるなら熟睡した人が百度呼ばれても聾のようで、欠伸をして疲れた身が両足とも跛のようです。ただ盗賊に追われ水火に迫られてだけ、はっと目覚めて急ぎ走るかもしれません。だから詔令は棚上げされ、政事は衰え、条を上げる者は多く、傷つけられる者も多い。それなのに聞く者は知らないかのようです。ただ文書を出す労と紙墨の費えを増やすだけです。その最たる者を一人殺して呼びかけても、粛然として見方や聞き方を改めるかどうか分かりません。それなのに古臭い儒者は、なお寛く厚いことを尊ぶべきで激しくするなと言います。ああ、天下の禍を養い天下の弊害をひどくするのは、必ずこの人です。だから物が汚れたら洗い、ひどければ作り直す。部屋が傾いたら支え、ひどければ建て直す。中興の君は名と実を照らし合わせ紀綱を整えること、創業と同じにして初めてよいのです。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』外篇・治道・政は地に因りて之を定め、官は人を擇びて之を守る古は國君を易へず、家大夫を易へず。故に其の治は民に因り俗に宜しく、綱を立て紀を陳ぶ。百姓と己と相ひ安んじ、然る後に從容漸漬し、日に新たに月に盛んにして、治功成る。故に「必世にして後に仁」と曰ひ、「久道にして化を成す」と曰ふ。之を天地に譬ふるに悠久ならざれば便ち物を成し得ず。封建變じて郡懸と為りてより、官に久暖の席無く、民に盡識の官無し。施設未だ竟へずして讒毀之に隨ひ、官を建てて未だ久しからずして黜陟之に隨ふ。方に熊蹯を朘りて之が薪を奪ひ、方に茧絲を繅りて其の緒を截つ。一番の人至れば、一度の更張あり。各おの性情有り、各おの識見有り。百姓は其の政令を聞くも半ばは理會するに及ばず、其の教化を聽くも尚ほ未だ信從するに及ばずして、新しき者卒かに至り、舊政廢閣す。何ぞ信從する所あらん。何ぞ遵守する所あらん。況んや加ふるに監司の掣肘を以てし、一幘を制して首の大小を問はず、都て之に冠せしめ、一衣を制して時の冬夏を問はず、必ず之を服せしむ。民情の便否を審らかにせずして、先づ書を以て督責す。即ち高才疾足の士も、俄頃措置の功、亦た目前の小康、一事の小補に過ぎず。而るに上は此れを以て殿最と為し、下は此れを以て歡虞と為す。嗚呼、傷心せり。先正に言有り、人里居せず、田井授せずんば、治を言はんと欲すと雖も、皆な苟のみと。愚謂へらく官を建つるも亦た然り。政は地に因りて之を定め、官は人を擇びて之を守る。政善ければ更張するを得ず、民安んずれば法を易ふるを得ず。其の多事にして民を擾し、情に任せて法を變ずると、惰政慢法なる者とは斥け遂ふ。其の人を更めて其の治を易へざれば、則ち郡懸は封建より賢なること遠し。
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『呻吟語』外篇・治道・何ぞ其れ定靜なる官多く設けて數しば易へ、事多く議して屢しば更むれば、生民の殃ひ未だ極まる所を知らず。古人は慎みて人を擇びて久しく任じ、慎みて政を立てて久しく行ふ。一年も是の如く、百千年も亦た是の如し。代を易へずんば政を改めず、事を弊せずんば法を更めず。故に百官の法守は一にして、敢へて聰明を作して擅に更張せず。百姓の耳目は一にして、聽聞を亂して以て政令に乖くに至らず。日に漸み月に漬りて、上の紀綱法度に遵ひて以て其の身を淑くせざる莫く、上の政教號令に習ひて以て其の俗を成さざる莫し。之を寒暑の易はらずして、興作する者歲歲循る持する有るに譬ふ。道路の易はらずして、往來する者年年遠近を知るなり。何ぞ其れ定靜なる。何ぞ其れ經常なる。何ぞ其れ相ひ安んずる。何ぞ其れ行ひ易き。何ぞ其れ勞費を省く。
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