呻吟語 / 外篇・廣喻・意化は神なり
言教不如身教之行也,事化不如意化之妙也。事化信,信則不勞而教成;意化神,神則不知而俗變。螟蛉語生,言化也。
新字:言教不如身教之行也,事化不如意化之妙也。事化信,信則不労而教成;意化神,神則不知而俗変。螟蛉語生,言化也。
書き下し
言教は身教の行はるるに如かざるなり。事化は意化の妙なるに如かざるなり。事化は信、信なれば則ち勞せずして教成る。意化は神、神なれば則ち知らずして俗變ず。螟蛉は語りて生ずとは、言化なり。
現代語訳
言葉で教えるのは、身をもって教えるのが行われるのに及びません。事で化すのは、意で化す妙に及びません。事で化すのは信であり、信であれば労せずに教えが成ります。意で化すのは神であり、神であれば知らないうちに風俗が変わります。螟蛉が語りかけられて生まれるというのは、言葉による化です。
解説
教化の手段を、三段に分けます。言葉、事、意。下から上へ、労力が減り効き目が深くなります。事による化は信で、労せず教えが成る。意による化は神で、気づかないうちに風俗が変わる。そして螟蛉の言い伝えが言葉による化の例として挙げられます。次の段で、気による化と神による化の例が続きます。次の段で、気による化と神による化が続きます。下から上へ、労力が減り効き目が深くなります。
この章句が説くこと
言教身教事化意化三段
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