呻吟語 / 外篇・治道・之を畏れしむるは之を愧ぢしむるに如かず
要知用刑本意原為弼教,苟寬能教,更是聖德感人,更見妙手作用。若只恃雷霆之威,霜雪之法,民知畏而不知愧,待無可畏時,依舊為惡,何能成化?故畏之不如愧之,忿之不如訓之,遠之不如感之。
新字:要知用刑本意原為弼教,苟寛能教,更是聖徳感人,更見妙手作用。若只恃雷霆之威,霜雪之法,民知畏而不知愧,待無可畏時,依旧為悪,何能成化?故畏之不如愧之,忿之不如訓之,遠之不如感之。
書き下し
知るを要す、刑を用ふる本意は原と教を弼くる為なり。苟しくも寬にして能く教へば、更に是れ聖德の人を感ぜしむるにして、更に妙手の作用を見る。若し只だ雷霆の威、霜雪の法を恃まば、民は畏るるを知りて愧づるを知らず。畏る可き無き時を待たば、依舊として惡を為す。何ぞ能く化を成さん。故に之を畏れしむるは之を愧ぢしむるに如かず。之を忿るは之を訓ふるに如かず。之を遠ざくるは之を感ぜしむるに如かず。
現代語訳
知るべきです、刑を用いる本来の意図は、もともと教えを助けるためです。もし寛やかにして教えられるなら、それこそ聖なる徳が人を動かすことであり、優れた手つきが見えます。もしただ雷の威と霜雪の法に頼れば、民は畏れることを知って恥じることを知りません。畏れるものが無くなる時を待って、元のまま悪をなします。どうして化を成せるでしょうか。だから畏れさせるより恥じさせるほうがよく、憤るより教えるほうがよく、遠ざけるより感じさせるほうがよいのです。
解説
刑の目的を、教えを助けることに置きます。だから寛やかに教えられるならそのほうが上です。理由は明快で、畏れは監視が無くなれば消えますが、恥は残るからです。そして三つの比較が並べられます。畏れさせるより恥じさせる、憤るより教える、遠ざけるより感じさせる。どれも外からの圧を内からの動きに置き換える方向になっています。
この章句が説くこと
刑弼教畏愧内発
関連する章句
-
『呻吟語』外篇・治道・五刑は一恥に如かず五刑は一恥に如かず、百戰は一禮に如かず、萬勸は一悔に如かず。
-
『呻吟語』外篇・廣喻・良醫と道ふ可し古人云ふ、「聲色の以て民を化するに於けるは、末なり」と。這個の末は、好し容易き底なり。近世は聲色行はれず、大聲色を動かす。大聲色行はれず、大刑罰を動かす。大刑罰才かに一半の事を濟し得て、化不化は全く理會するに暇あらず。常に言ふ、三代の民は禮教と習ふ。若し姦宄有りて然る後に刑に麗るは、腹と菽粟との、偶たま一たび調を失ひて、始めて藥餌を用ふるが如し。後世の民は刑罰と習ふ。若し德化由らずして、日に積み月に累ぬれば、孔子の三年、王者の必世の如きも、驟かに欣然として道に向かはしむるは、萬萬に能はず。之を剛腸硬腹の人に譬ふるに、大承氣湯を服すること三五劑にして始めて覺ゆ。而るに卻つて四物を以て君子之を補ふは、人を養はざるに非ざるも、殊に疾と悖り、反つて他症を生ず。卻つて刑政の中に德禮を兼ぬるを要せば、則ち德禮行はる可し。所謂兼ね攻め兼ね補ひ、攻を以て補と為し、先に攻めて後に補ふ。攻むるに宜しき有り補ふに宜しき有り、惟だ劑量に在り。民情は拂らず縱にせずして始めて得たり。噫、良醫と道ふ可し。
-
『呻吟語』外篇・治道・更に之を民に求むるを須ひず民恥少なきは以て上の德を觀る可く、民畏れ少なきは以て上の威を觀る可し。更に之を民に求むるを須ひず。
-
『呻吟語』外篇・治道・人の惡を寬くする者人の惡を寬くする者は、人の惡を化する者なり。人の過ちを激する者は、人の過ちを甚だしくする者なり。
-
『呻吟語』外篇・治道・禮に遠ざかれば則ち刑に近づく刑禮は二物に非ざるなり。皆な人をして善に遷りて惡を去らしむるなり。故に禮に遠ざかれば、則ち刑に近づく。
-
『呻吟語』外篇・治道・囹圄は小人の學校か刑法の設は、明王の小人を愛して、之に示すに君子の路を以てする所以なり。然らば則ち囹圄なる者は、小人の學校か。