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呻吟語 / 外篇・廣喻・到り來たれば我と一般なり

余少憩車中,既下車,戲之曰:「君費力如許,到來與我一般。」

新字:余少憩車中,既下車,戯之曰:「君費力如許,到来与我一般。」

書き下し

余少しく車中に憩ふ。既に車を下り、之に戲れて曰く、「君力を費やすこと許の如し。到り來たれば我と一般なり」と。

現代語訳

私は少し車の中で休んでいました。車を下りてから、戯れて言いました。あなたはこれほど力を費やしたが、着いてみれば私と同じですね。

解説

前の段を受けて、著者の側の過ごし方が示されます。休んでいただけです。そして到着してから戯れの一言を掛けます。同じ時間に同じ場所に着くのに、片方は消耗し片方は休んでいた。焦っても結果は変わらないという主張が、押しつけではなく冗談の形で示されているのが巧みなところです。押しつけではなく、冗談の形で示されています。同じ時間に着くのに、片方だけが消耗しました。

この章句が説くこと

休息焦り同着消耗冗談

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この一句を、あなたの毎日に。

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