呻吟語 / 外篇・廣喻・京師は號令の首なり
風之初發於谷也,拔木走石,漸遠而減,又遠而弱,又遠而微,又遠而盡。其勢然也。使風出谷也,僅能振葉拂毛,即咫尺不能推行矣。京師號令之首也,紀法不可以不振也。
新字:風之初発於谷也,抜木走石,漸遠而減,又遠而弱,又遠而微,又遠而尽。其勢然也。使風出谷也,僅能振葉払毛,即咫尺不能推行矣。京師号令之首也,紀法不可以不振也。
書き下し
風の初めて谷に發するや、木を拔き石を走らす。漸く遠くして減じ、又た遠くして弱く、又た遠くして微に、又た遠くして盡く。其の勢ひ然るなり。風をして谷を出づるに、僅かに能く葉を振るひ毛を拂はしめば、即ち咫尺も推し行く能はざらん。京師は號令の首なり。紀法は以て振るはざる可からざるなり。
現代語訳
風が谷から起こるときは、木を抜き石を走らせます。次第に遠ざかって減り、さらに遠ざかって弱く、さらに遠ざかって微かになり、さらに遠ざかって尽きます。勢いとはそういうものです。風が谷を出るときにようやく葉を揺らし毛を払う程度なら、わずかな距離も進めません。都は号令の始まりです。紀と法は振るわせないわけにいきません。
解説
風が谷を出てから衰えていく過程を、四段で描きます。木を抜く勢いでも、遠ざかれば尽きる。だから出発点で葉を揺らす程度なら、すぐ届かなくなります。そして都に当てはめられます。号令が始まる場所だから、紀と法を強く振るわせる必要がある。距離による減衰を前提に、出発点の強さを求めた一段になっています。距離による減衰を前提に、出発点の強さを求めます。
この章句が説くこと
風減衰出発点京師紀法
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