呻吟語 / 外篇・品藻・世道奚ぞ賴らんや
識高千古,慮週六合,挽末世之頹風,還先王之雅道,使海內復嘗秦漢以前之滋味,則又圈子以上人矣。世有斯人乎?吾將與之共流涕矣。乃若硜硜狃眾見,惴惴循弊規,威儀文辭,燦然可觀,勤慎謙默,居然寡過,是人也,但可為高官耳,世道奚賴焉?
新字:識高千古,慮週六合,挽末世之頹風,還先王之雅道,使海内復嘗秦漢以前之滋味,則又圏子以上人矣。世有斯人乎?吾将与之共流涕矣。乃若硜硜狃眾見,惴惴循弊規,威儀文辞,燦然可観,勤慎謙黙,居然寡過,是人也,但可為高官耳,世道奚頼焉?
書き下し
識は千古に高く、慮は六合に週く、末世の頹風を挽き、先王の雅道に還り、海内をして復た秦漢以前の滋味を嘗めしむれば、則ち又た圈子以上の人なり。世に斯の人有らんか。吾將に之と共に流涕せんとす。乃ち若し硜硜として眾見に狃れ、惴惴として弊規に循ひ、威儀文辭燦然として觀る可く、勤慎謙默居然として過ち寡きは、是の人や、但だ高官と為る可きのみ。世道奚ぞ賴らんや。
現代語訳
見識が千古に高く、慮りが天地四方に行き渡り、末の世の崩れた風を引き戻し、先王の雅な道に還し、国じゅうにもう一度秦漢より前の味わいを嘗めさせるなら、それは枠より上の人です。世にそういう人がいるでしょうか。いるなら共に涙を流したい。ところが頑なに大勢の見方に馴れ、びくびくと崩れた規則に従い、威儀も文辞も見事で、勤勉で慎み深く謙り黙って過ちが少ない。そういう人は、ただ高官になれるだけです。世の道は何を頼りにすればよいのでしょうか。
解説
枠の上に、さらにもう一段を置きます。時代の風を引き戻す人です。そしてそういう人がいれば共に泣きたいと言い、いないことを示唆します。対比として置かれるのが、過ちの少ない模範的な官僚で、それは高官になれるだけだと切り捨てられます。無難さへの、最も痛烈な批評になっています。無難さへの、最も痛烈な批評になっています。
この章句が説くこと
時代風無難高官批評
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