呂氏春秋 / 有始⑧
何謂八風?東北曰炎風,東方曰滔風,東南曰熏風,南方曰巨風,西南曰淒風,西方曰飂風,西北曰厲風,北方曰寒風。
書き下し
何をか八風と謂う。東北を炎風と曰い、東方を滔風と曰い、東南を熏風と曰い、南方を巨風と曰い、西南を淒風と曰い、西方を飂風と曰い、西北を厲風と曰い、北方を寒風と曰うなり。
現代語訳
八風とは何か。東北の風を炎風、東方を滔風、東南を熏風、南方を巨風、西南を淒風、西方を飂風、西北を厲風、北方を寒風という。
解説
この段は八方から吹く風にそれぞれ名を与えます。東北の炎風から時計回りに、東の滔風、南の巨風、西の飂風、北の寒風まで、方位ごとに風を呼び分けます。古代中国では風は季節や気候の変化を告げる自然の徴であり、農事や暦、さらには音律とも結びつけて考えられました。呂氏春秋は八風を天地の体系の一部に位置づけ、方位と気の流れを対応させます。風を観察し名づけて季節を読むという営みは、気象を体系的に捉える知の始まりであり、現代の気象観測や風向の分類にもつながる発想です。
この章句が説くこと
八風炎風寒風方位気候風
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