呻吟語 / 外篇・廣喻・天胸中に在ること太倉の一粒の如し
雖然,不如身游八極之表,心通九垓之外。天在胸中如太倉一粒,然後可以語通達之識。
書き下し
然りと雖も、身は八極の表に游び、心は九垓の外に通ずるに如かず。天胸中に在ること太倉の一粒の如くにして、然る後に以て通達の識を語る可し。
現代語訳
とはいえ、身が八方の果ての外に遊び、心が九層の天の外まで通じるのに及びません。天が胸の中にあることが大きな倉の中の一粒のようになって、その後に初めて通達の識見を語れます。
解説
前の段の泰山さえ足りないとして、さらに先を示します。身が八方の外に遊び、心が九層の外に通じる。そして到達点が示されます。天が胸の中で大倉の一粒に見えること。外へ広がるのではなく、内側に収める形に反転しているのが要点です。三段の視野の話が、ここで一気に規模を変えて締められています。外へ広げるのではなく、内に収める形への反転です。三段の視野の話が、規模を変えて締められます。
この章句が説くこと
八極九垓太倉一粒内包反転
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