呻吟語 / 外篇・廣喻・泰山の巔に登る
坐井者不可與言一度之天,出而四顧,則始覺其大矣。雖然,雲木礙眼,所見猶拘也,登泰山之巔,則視天莫知其際矣。
新字:坐井者不可与言一度之天,出而四顧,則始覚其大矣。雖然,雲木礙眼,所見猶拘也,登泰山之巔,則視天莫知其際矣。
書き下し
井に坐する者は與に一度の天を言ふ可からず。出でて四顧すれば、則ち始めて其の大なるを覺ゆ。然りと雖も、雲木眼を礙へ、見る所猶ほ拘るなり。泰山の巔に登らば、則ち天を視て其の際を知る莫し。
現代語訳
井戸の中に坐る者とは、ひと続きの天を語れません。出て四方を見渡せば、初めてその大きさに気づきます。とはいえ、雲や木が目を遮り、見えるものはなお限られています。泰山の頂に登れば、天を見てその果てが分からなくなります。
解説
視野の広がりを、三段で描きます。井戸の中、地上で四方を見る、泰山の頂。井戸から出れば大きさに気づきますが、そこでもまだ雲と木が遮ります。頂に登って初めて果てが分からなくなる。二段目で満足しがちだという点が要点で、井戸から出ただけの人が広さを知ったと思う危うさが示されています。二段目で満足しがちだ、という点が要点です。井戸から出ただけの人が、広さを知ったと思う危うさです。
この章句が説くこと
井四顧泰山三段視野
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