呻吟語 / 内篇・談道・聽く者惺憽せざるは立言者の病
天地間道理,如白日青天;聖賢心事,如光風霽月。若說出一段話,說千解萬,解說者再不痛快,聽者再不惺憽,豈舉世人皆愚哉?此立言者之大病。
新字:天地間道理,如白日青天;聖賢心事,如光風霽月。若説出一段話,説千解万,解説者再不痛快,聴者再不惺憽,豈舉世人皆愚哉?此立言者之大病。
書き下し
天地間の道理は、白日青天の如し。聖賢の心事は、光風霽月の如し。若し一段の話を說き出だし、千解萬を說きて、解說する者再び痛快ならず、聽く者再び惺憽ならずんば、豈に世を舉げて人皆な愚ならんや。此れ立言者の大病なり。
現代語訳
天地のあいだの道理は、青空に輝く太陽のようなものです。聖賢の心の内は、雨上がりの風と月のように澄んでいます。それなのに一つの話を持ち出して千も万も解説し、説く者自身も腹に落ちず、聞く者も目が覚めないのなら、世の中の人がみな愚かなのでしょうか。そうではなく、それは語る側の大きな病です。
解説
伝わらないのは相手が鈍いからだ、という逃げ道をふさぐ一段です。道理そのものは青空の太陽のようにはっきりしているのだから、聞いた人の目が覚めないなら、覆いをかけているのは説明のほうだと呂坤は言います。しかも説く本人が痛快でない点を先に挙げているところが鋭い。自分が腹落ちしていない話を、人に腹落ちさせることはできないのです。
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