呻吟語 / 外篇・物理・物は天能、聖人は人能
聖人因蛛而知網罟,蛛非學聖人而布絲也;因蠅而悟作繩,蠅非學聖人而交足也。物者,天能;聖人者,人能。
新字:聖人因蛛而知網罟,蛛非学聖人而布糸也;因蠅而悟作縄,蠅非学聖人而交足也。物者,天能;聖人者,人能。
書き下し
聖人は蛛に因りて網罟を知る。蛛は聖人を學びて絲を布くに非ざるなり。蠅に因りて繩を作るを悟る。蠅は聖人を學びて足を交ふるに非ざるなり。物は、天能なり。聖人は、人能なり。
現代語訳
聖人は蜘蛛によって網を知りました。蜘蛛は聖人に学んで糸を張ったのではありません。蠅によって縄をなうことを悟りました。蠅は聖人に学んで足をすり合わせたのではありません。物は天の能力です。聖人は人の能力です。
解説
発明の由来を、自然からの学びに求めます。網は蜘蛛から、縄は蠅から。ただし蜘蛛も蠅も教えたわけではありません。そこで区別が置かれます。物がするのは天の能力、聖人がするのは人の能力。同じ動作でも、自ずとやるのと見て取るのとでは違うということです。観察する力を、人の能力として位置づけた一段になっています。
この章句が説くこと
発明蜘蛛蠅天能人能
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