呻吟語 / 外篇・品藻・己を以て用ふるは皆な偏才
天之生人,雖下愚亦有一竅之明聽其自為用。而極致之,亦有可觀而不可謂之才。所謂才者,能為人用,可圓可方,能陰能陽,而不以已用者也,以己用皆偏才也。
新字:天之生人,雖下愚亦有一竅之明聴其自為用。而極致之,亦有可観而不可謂之才。所謂才者,能為人用,可円可方,能陰能陽,而不以已用者也,以己用皆偏才也。
書き下し
天の人を生ずるや、下愚と雖も亦た一竅の明有り、聽きて自ら用を為す。而して之を極致せば、亦た觀る可き有りて才と謂ふ可からず。所謂る才なる者は、能く人の用と為り、圓なる可く方なる可く、能く陰に能く陽にして、己を以て用ひざる者なり。己を以て用ふるは皆な偏才なり。
現代語訳
天が人を生むとき、最も愚かな者にも一つの穴ほどの明るさがあり、それに任せて自分なりに用をなします。それを極めれば見るべきものはありますが、才とは言えません。いわゆる才とは、人の用となることができ、丸くも四角くもなれ、陰にも陽にもなれて、自分のやり方で用いない者のことです。自分のやり方で用いるのは、みな偏った才です。
解説
才の定義を、可変性と他者のために使えるかに置きます。丸くも四角くもなれ、陰にも陽にもなれること。そして自分のやり方でしか使えないものは偏才だとします。一つのことに秀でているのは才ではないという判定で、前に出てきた、聖人は一種の才で万に通じるという段と同じ立場になっています。一つのことに秀でているのは才ではない、という判定です。
この章句が説くこと
才可変他者偏才定義
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