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呻吟語 / 外篇・物理・災祥に定名無く、治亂に定象有り

至治已成,而應征乃見者也,即無祥瑞,何害其為至治哉?若世亂而祥瑞生焉,則祥瑞乃災異耳。是故災祥無定名,治亂有定象。庭生桑穀未必為妖,殿生玉芝未必為瑞。是故聖君不懼災異,不喜祥瑞,盡吾自修之道而已。不然,豈後世祥瑞之主出二帝三王上哉?

新字:至治已成,而応征乃見者也,即無祥瑞,何害其為至治哉?若世乱而祥瑞生焉,則祥瑞乃災異耳。是故災祥無定名,治乱有定象。庭生桑穀未必為妖,殿生玉芝未必為瑞。是故聖君不懼災異,不喜祥瑞,尽吾自修之道而已。不然,豈後世祥瑞之主出二帝三王上哉?

書き下し

至治已に成りて、應征乃ち見はるる者なり。即ち祥瑞無きも、何ぞ其の至治為るを害せんや。若し世亂れて祥瑞生ぜば、則ち祥瑞は乃ち災異のみ。是の故に災祥に定名無く、治亂に定象有り。庭に桑穀を生ずるも未だ必ずしも妖と為さず、殿に玉芝を生ずるも未だ必ずしも瑞と為さず。是の故に聖君は災異を懼れず、祥瑞を喜ばず。吾が自修の道を盡くすのみ。然らずんば、豈に後世祥瑞の主は二帝三王の上に出でんや。

現代語訳

至って治まってから、応じる徴が現れるのです。たとえめでたい兆しが無くても、至って治まっていることに何の妨げがあるでしょうか。もし世が乱れてめでたい兆しが生じたなら、それはめでたい兆しではなく災いです。だから災いとめでたさに定まった名は無く、治まりと乱れには定まった姿があります。庭に桑や穀の怪が生えても必ずしも妖ではなく、御殿に玉のような芝が生えても必ずしもめでたくありません。だから聖君は災異を恐れず、祥瑞を喜びません。ただ自ら修める道を尽くすだけです。そうでなければ、後の世の祥瑞の多い君主が二帝三王より上ということになってしまいます。

解説

祥瑞と災異を、名前から切り離します。同じ現象でも、世が治まっていれば徴、乱れていれば災いになる。定まった名は無いということです。そして治乱のほうには定まった姿があるとされます。だから聖君は現象に一喜一憂せず、自ら修めるだけ。最後の反語が効いていて、祥瑞の多さで君主を測れば逆転が起こると示されます。現象に一喜一憂しない構えが、示されています。

この章句が説くこと

祥瑞災異定名治乱自修

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